shadow Line

というわけで帰ってきました

雪が降ってきていたので「よし、これは完全装備であと眼鏡屋の仕事もあるからスーツも持ってあれこれ用意して更新は携帯でやらかそう」と思っていったものの、図書館の仕事を半日やったら雪は止み全て溶けてしまったのだった。
じゃあ、家に帰ろう、と思って実家に預けてあったスーツとかを取りに行ったら、母親の趣味の模様替えを手伝わされることになり、帰れなくなった。
父親の遺品を一カ所に集めて片づけるのが目的らしいのだが、父親の自作した超大出力スピーカの重さは半端なものではないので男手が必要、ということで弟も駆り出されていた。輸送のためにバラしてみて判ったのだが、父親の謎の設計思想が遺憾なく発揮された、「設計者以外には絶対に判らない仕様」のスピーカは、CDプレーヤーを改造したものに何故かアンプが取り付けてあり、そしてさらにチューニング装置がつけられ、そこから出力された音はスピーカー個別のパワーアンプによって増幅され、見た目とは裏腹にやたらと重い(確か真ちゅうのムクを削りだして作った円柱が2本入っている)スピーカーに繋がれている、というとにかく「アンプをつけて出力を増強させる」仕様で構成されている。
ここまで高出力にこだわる理由は設計者が明かさなかったのでついに判らなかったが、確かに音はもの凄く良い。しかしもし壊れた場合、設計図がないので誰にも直せない。やたらとついたスイッチの意味も不明である。せめて父親がもうちょっと几帳面且つ見た目にこだわる人間だったらスイッチに注意書きみたいなものをつけてくれていたと思うのだが……とにかく、そんなものを運んだせいで疲労困憊し倒れたら朝だったので顔を洗って眼鏡屋に行こうとしたら髭剃りに使った安物の二枚刃カミソリで顔中をズタズタにしてしまい、朝から血達磨になった挙げ句電車に乗ったら鼻血が出たがティッシュを忘れたため途中下車を余儀なくされて遅刻し、眼鏡屋の仕事では人差し指の爪を剥がした。
一体私が何をしたというのだ。
とは思ったが、店そのものは物凄く暇だったので本を読んで過ごしたのがまついなつきの「どうしたらほめてもらえるの?」だった、というわけである。
この本はとにかく読みやすく、書いてある内容もなかなかいいところを抉っているので人生に目的を見出せない人には良いかも。
とかく最近は女性向けに書かれた本を読むことが多いのだが、何でかというと男性向けのビジネス書なんかよりはよっぽど真剣に「人生」に向かい合っているからである。
男性向けの雑誌で恋愛とかにもきちんと向かい合っている本は少ないし。
最近、男性向けの「人生のあり方」を考える雑誌が創刊されているかが、それと同じ事をずっと昔から「婦人画報」とか「暮らしの手帖」はやってきているのである。
こう考えれば、男性向けの雑誌の思想は物凄く遅れている。
勝ち負け二元論、で考えるから世の中がつまらないのである。勝ち負け自体はどうしても存在するだろうが「敗北を受け入れる」事はその後の人生のあり方について考える転機でもあるわけだから、人生に於いて「決定的な敗北」というのはそもそも存在しないはずだ。死は敗北だ、という人もいるが死は結果であり、人生に於いては死すら教訓である。死という現実を受け入れることはそれさえも学ぶべき所がある。
勝ち負けで言うなら私の人生など負けっ放しもいいところだが、こうやって何とか生きているわけだし、ひょっとしたら敗北によって何か凄いものが生まれる可能性を秘めたかもしれない。もしこのまま何となく生きたとしても、それはそれで好きなことを多少やれたわけだし、特に悔いも無い人生なのだから別に後悔もない。
やらなかったことと言えば結婚と子育てぐらいだが、これも別にやらなきゃいかん、というものでもないし、あと200万年もすればどうせ人類なんてみんな滅ぶんだから今更一個人がジタバタしても仕方ないじゃんなぁ。
どこまでも生物としての本能に逆らう生き方もまた人間らしくていいと思うのだ。モテないかどうかは別として。
うお、まついなつきの本について真面目に書くつもりがなんか変な方向にまとまってしまった。
スマイル.dkなんか聞いているからだ。
でもたまに聞くと何も考えなくていいから脳が休まるんだよな。日本でももっとこういうアホな曲がたくさん流行ればいいのに。

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