shadow Line

勧誘

 俺は「地図無し」を出ると、ゴールディに会うためにカジノへと足を運んだ。
 案の定、やつはスロットマシンにかかりきりになっている。足下のボックスにはメダルが山積みになっていた。 
 腰まで伸びたブロンドが、ミラーボールの輝きで万華鏡のように輝く。黒を基調として所々銀をあしらったスーツが幻想的な雰囲気を醸し出してさえいた。その容姿、言動からは性別が判断できない。男だと言うことは判っているが、女装させても通用しそうではある。
 俺は周囲の取り巻きをかき分け近付いた。大勝してはいるが、それを見物している客じゃないのは女性しかいないことから明らかだ。
「よう。調子いいじゃないか」
 俺の問いかけに、ヤツは振り向いた。俺は意識してなるべく目を合わせないようにする。
 ヤツの「凶眼」に魅入られると、厄介なことになるからだ。
 以前、それで酷い目にあったことがあった。もっとも、あのときは敵同士だったが。
「十六夜か。遊びに来た訳じゃなさそうだな……何か用か?」
「仕事の話だ。こんなところで遊んでいるなら、今はなんの依頼も受けてないだろう?」
「遊び? 失礼な、ギャンブルも私の仕事だ」
 俺は無造作に札束を放り投げた。こいつには、それが一番だ。
「仕事だ。手を貸せ」
「断る」
 俺は少し面食らった。現金を前にして、こんな台詞を吐くことができるのか、こいつにも。
「今日の占いで、仕事運は最悪だった。だから嫌だ」
 確か、ギャンブルも仕事だと言っていた。それが好調なのだ、占いは外れだろう。
「その割りに儲けてるじゃないか」
「知らないのか? 仕事運とギャンブル運は別に明記されてるんだ」
「知らん」
 知らないが、その占いはなかなか的中率が高そうだ。確かに、仕事の内容はろくでもない。
 とにかく、立ち話もなんなので、俺はゴールディの髪を引きずり、近くの黒服に清算を頼んでバーへと向かった。
 そのままゴールディを個室にたたき込んで、ウイスキーをボトルで頼む。
「まぁ聞けって」俺は椅子を引いて腰掛け、足を組んだ。
「それが人にものを話す態度か」
「雇い主は横柄に話す権利があるぞ」
「断る、といったはずだ。お前は言葉が理解できないのか?」
「いや。断られたから、承諾するように交渉しているんだが」
 ゴールディの瞳が縦に裂け、細くなる。どうやら「凶眼」を使おうとしているらしい。
 知覚有る物全てに対し影響力を持つゴールディの凶眼は、相手にするには少々厄介な能力だ。殺傷力には劣るが、感覚操作系の能力としてはこれほど融通の利く力はない。
 俺は胸に納めてある鏡を取り出して、その視線に向けた。
 驚きの表情の後、ゴールディは激しく後ろへのけぞる。そのまま仰向けになり、動かない。
 ………効くんだ、この方法………。
 ゴールディの顔を覗きこんでみたが、どうやら息はあるようだ。麻痺で身体が動かないだけらしい。いきなり殺そうとしないだけ、良心的と言えなくもない。
 俺は紙を取り出し、手早く契約書を作成すると、ゴールディの親指に朱肉を押し付け、拇印を採取した。
「見えるか。これに同意すれば、助けてやってもいいぞ」
 瞳だけがこちらを向き、誰が契約するか、と雄弁に語っていた。
「よし、契約成立だ」
 言葉がないので勝手に解釈し、金を懐に押しこんだ。これで既成事実のできあがりだ。
 さて、問題はどうやって「凶眼」の効力を消すか、だ。
 とりあえず、殴ってみた。
「いや、暴力じゃ解決しないぞ」
 結果的にはゴールディの顔を少し腫らしただけに過ぎない。
 俺は思案した。
 気付けになるようなものといえば、つい今し方届いたウイスキーぐらいしかない。
 ……まてよ。
 俺はその強烈な物質に心当たりがあった。
 グラスに半分ほどウイスキーを注ぎ込み、俺はポケットに手を突っ込む。
 赤い液体の満たされた瓶。
 その中身を同じくグラスに注いで、マドラーでかき混ぜる。
 ゴールディが動かない身体で、賢明に嫌がった。
 無視して俺はゴールディの鼻をつまんで口を開かせ、無理矢理液体を流し込んだ。
 数秒後、絶叫が響き渡った。
「なんてことするんだっ、お前はっ! 殺す気かっ!」
 むう。人間の生存本能は凄い。タバスコで麻痺に打ち勝つとは、大発見だよ、こりゃ。
「まあ、そう怒るなよ。契約書もできたし、とりあえず話を聞け」
 俺は俺なりに必死になだめたが、聞く素振りも見せず、再び「凶眼」の準備体勢に入った。懲りないヤツだ。
「そう何度も、同じ手にかかるかっ!」
 ゴールディは鏡を手で払い除け、俺の目を覗きこんできた。ミラーシェイド越しに。
 勿論、相打ちはご免なので、俺は目を閉じておいた。卒倒して、倒れる音が聞こえてから、ゆっくりと目を開けてみた。
 泡を吹いて倒れている。面倒だから、明日までこのままにしておこう。
 どうせ、黄連雀と十二紅のことを話せば、断っただろう。あの二人には「凶眼」も効かず、ゴールディにとっては天敵だから。
 グラスにウイスキーを注ぎ、タバスコで割ってから一口含んだ。……美味しいのに。
 俺は勘定を全てゴールディにツケておくと、ゴールディの無様な姿を証拠写真として撮影してから、カジノから立ち去った。もしもの時は、これで脅迫してみよう。
 あれだけの金額があれば、個室一晩とウイスキー一本くらい、微々たるものだ。もう少し高級な代物を注文しておけば良かった。
 実力も能力も明らかにゴールディの方が上なのだが、何故かあいつは俺に勝てない。
 理由は簡単だ。
 あいつの戦い方、攻め方はストレートすぎる。螺旋を描くようなひねくれた生き方をしている俺には通用しない。
 もうちょっと狡猾さを身につければ、もっと上のランクへ行けるのだろうが、それが出来ないのがゴールディらしいともいえる。
 そのくせ金のためには仕事を選ばないのだから、面白い。
 ともあれ、仲間は一人確保した。
 マリスはうまくいっているだろうか。
 そう思った直後、あの双子のことを考えて頭が痛くなった。どう転んでも最悪の結果だけが待っているような気がする。
 俺は、滅多にないことだが、本気で神に祈った。

 上級市民街は、何度来てもどうにもなれない。自分には不釣合いな空気は、酷い違和感ばかりだ。
 応対するメイド仕様の高級リブロイドに案内されながら、私は窓の外の和洋折衷庭園を眺めた。石庭にクリスマスツリーは、斬新的というか、メルヘンというか。シュールレアリスムの芸術家なら評価できるのだろうか。
『マリちゃん、いらっしゃ~い!』
 ドアが勢い良く開き、いつも通り二重奏を奏でながら飛びついてきた二羽の小鳥。二人とも十六歳だが、容姿からはもっと幼く見える。
「久し振り、キーちゃん、コーちゃん」
 黄連雀と十二紅は、和服を洋風にアレンジしたような、奇妙な服に身を包んでいた。髪の色も極彩色だ。ふわふわな質感のその髪をそっと撫でる。
 上級市民街だろうが、最下層だろうが、もちろん美意識に差はない。服装に頓着できるかどうかは生活レベルが左右する。それでも、この格好はどこの住民が見ても凄い。
 名の由来にされた鳥が可哀想、と十六夜が嘆くわけである。
「突然だけど、仕事、手伝って欲しいの」
『ノンノンノ~ン。遠慮はいらんぜ!』
 不敵な笑みを浮かべる二人。
「私たちがいればどんな敵もやっつけちゃうもんね~」
「ね~」
 それと、敵以外の無関係な市民もね。
 とは突っ込めなかった。
 苦笑交じりではあるけれど、自分の心が軽くなるのを実感する。妹と表現するのは自分でも御免被りたいと失礼な事も思うが、この二人から得られるものは私に取って貴重だ。停滞した心に、二羽の小鳥は微風を運んでくれる。
 とても素直な自分が、微笑む。
 最初は自分に驚いたけれど。だからこそ、この二人とは付き合えるのかもしれない。
「いつも悪いわね。無理言っちゃって」
『えー? マリちゃんの頼み、無理なんかじゃないよー』
 人間ステレオといった感じで同時に喋られると、妙な違和感を感じてしまう。慣れた今では、この感じが心地よい。十六夜には全く理解されないが。
 あの迷惑きわまりない能力に加えて、このステレオ音声。
「嫌がるだろうなぁ……」
 明日からしばらく聞くであろう二人の男の嘆きを思い、マリスは心から同情した。
 それにしても、せめて依頼内容とかギャランティとかには触れて欲しい。……上級市民だから、お金には不自由していないだろうが。
「それでね、ギャラなんだけど……」
『ケイクセット!』
 ケ、ケイクセット? 一体なんなのだ、それは。
「ひょっとして……ケーキセット?」
『ノンノンノ~ン。ケイクセット!』
 ……どうやら、発音の問題らしい。それにしても、そんなもので命を賭けられるのだろうか。
「だって、私たち、英雄だもんね~」
「世界征服しちゃうぞ、キャハハ」
 できれば、勘弁して欲しい。
 ランクZに最も近い存在なのだ。本当にできそうなところが怖い。
 昔、バナナのために人を殺すチンパンジーの殺し屋が居たのを思い出した。
 手伝ってもらおうというのに傲慢だが、それに似ている。
 ……二人なだけに、よけいに始末に悪い、か。
 神が居るのだとしたら、とんでもないことをしてくれものだ。
 遊び半分で世界を壊さないことを祈るばかりだ。
 ともあれ、ギャラはケーキセットということでいいらしい。
「それじゃ……シフォンティーヌのケイクセット食べ放題、ということでどうかしら?」
『オッケーイ。商談せ・い・り・つ~』
 ……いいのだろうか、そんなに簡単に承諾して。いや、彼女たちらしいと言えばそれまでだが。
 微笑が、クスクス漏れた。それが自分の吐息が紡いでいると、しばらく気付けなかった。
 笑える時であっても、不敵な笑みが貼りつくのが癖になっていた。苦笑でさえ、浮かぶのはこの小鳥たちと戯れる時くらい。けれど、今の微笑みは普通の微笑みだった。懐かしく、忘れそうなほど昔に浮かべていたような、普通の。
 そんな自分に酷く違和感を覚える。久しぶりの、懐かしい違和感だ。
 大きなアーモンド型の四つの瞳が、こちらを嬉しそうに見つめている。可愛い瞳が、くるくると揺れ動く。
 私は、小鳥たちが飛びついて来た時と同じように、二人に飛びついた。直前に視界に入った二羽の顔は、面食らったようで、それが余計に愉快にさせる。
 私にこんな表情をさせるのはこの二人くらいだが、この二人にこんな表情をさせるのも私くらいだ。
「ふふ、ありがと」
『どいたしまして~』
 これから来る殺伐とした日々に思いを馳せるのをやめ、暫しのぬくもりを堪能した。
 こちらは心強い戦力を得た。……十六夜の方はうまくいっているだろうか。
 とりあえず。
「前祝にショッピングにでも行きましょうか」
「うぃ~、前祝だ~」
「今日は飲むぞ~」
 未成年だからお酒はダメだぞ、と私はコツンと十二紅と額を合わせた。
 今日だけ。今日だけはゆっくりと過ごそう。
 明日からは戦いの日々だから。