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女難に遭う俺-1

「わははは! ひどい目に遭ったなぁ、おい」
 銀髪の女戦士は大声で笑いながら俺の背中をばんばんと叩いた。
 笑い事ではない。
 俺たち二人はエマさんの電撃を受けて昏倒し、ようやく目が覚めたところだった。客間に運んでくれたのは、もちろんエマさん自身だろう。日はとっくに暮れて、夕食の時間も過ぎていた。
 この女戦士の名前はミカさん。聞けば、エマさんの知り合いということだ。。
「いやー、すまんすまん。危うく殺すところだった」
 ミカさんはそれで全部済んだかのように言った。実際、殺そうとしてたし、途中で止めるような素振りもなかったのだが……。
「ミカは早とちりが過ぎる。コウのことは今朝話しただろう」
「こいつがそれだとはわからなくてさー。ま、無事で良かった」
 自分は関係ない、みたいな口調で笑うミカさん。しかも俺のことは「それ」扱いだ。対するエマさんは渋面を作ったままだった。
「ミカには用があったのでうちに立ち寄ってもらったんだが……私の友人がこのような不始末をしでかして申し訳ない」
「そこは愛人って言えよ」
 ミカさんが身を乗り出して言う。
「ええっ!?」思わず俺は半オクターブずれた叫びを上げてしまった。マジか。そんなことが。エマさんの周りにそんな存在が。あんなにだらしがないのに。いや、待て、二人とも家事駄目そうだから気にしないのか。同じ者同士か。
 などという考えがぐるぐる回る。
「お前とそのような関係になった覚えはない」
 エマさんはさっきから顔をしかめたままだ。
「相変わらず冗談の通じない奴だなぁ」
 椅子を揺らしながらミカさんはカラカラと笑って返した。
 冗談だったのか。ちょっとドキッとしたぞ。
「ミカはごらんの通り腕の立つ戦士だ。そこだけは評価してやってくれ」
「なんだよ、ちょっと殺しかけただけじゃないか。そんなねちねち言わなくても」
「この塔で人殺しは許さん」
 あまりな発言にエマさんが睨む。ひょっとしてこの世界の人命って物凄く軽かったりするのか? カルチャーショックすぎるし、死にたくない。
「仲良く感電してやっただろ。あれでチャラだ、チャラ」
 ミカさんは手をひらひらさせて事も無げに言うが、許す許さないは俺が決めることだと思う。言えないけど。
 何というか、強烈な人だ。
「そういうわけで、これからよろしくな」
「えっ?」
「あたしもしばらくここに居るから」
 エマさんの方を見ると、額に皺を寄せたまま頷いている。
 俺は困惑しながらもミカさんに手を差し出した。
「よろしくお願いします」
「おう」
 ミカさんも俺の手を握り返してくれる。良かった。握手の習慣はこちらにもあるようだ。心と心は通じ合うのだ。人類皆兄弟。
 と、思ったのもつかの間。ミカさんの握力で俺の骨が軋みをあげた。
 ぎゃあああ! いてえ! 人類皆強大の間違いだった!
「よ・ろ・し・く」
 ミカさんが笑顔なのが超怖い。握手って相手の実力を測るための儀式か何かだったりするのか。そんなまさか。
「は、はい……」
 痛すぎてまともに返事が出来ない。何か気に障るようなことをしたのだろうか、全く思い当たらない。食材投げたのが悪かったのか。これがほんとの食あたりだ、などと思ったが口には出さなかった。
 エマさんに助けを求めようとしたあたりで、「ぐぅ」と誰かの腹が鳴った。
「腹減ったな」
 ミカさんがとぼけたように言いながら手を離し、右手粉砕の危機は脱した。何という馬鹿力だ。女ゴリラめ。お前のスープだけ具を少なくしてやる。
「そうだな。誰かさんのおかげで、夕食の時間は過ぎてしまったし」
 エマさんは横目でミカさんを睨む。自分で作ろう、とかなんとかしよう、とか考えないあたりがエマさんらしい。
 嫌みを言われた方は知らんぷりだ。子供みたいな人だ。
「俺、なんか作ってきます」
 元々はそれが仕事なのだ。ミカさんとの関係はすぐに良くなるとは思えないし、この部屋にいるとまた殺されかねん。
 客間から出ると、俺は再び食料庫へ向かった。
 砕けたガラスを足で脇にどけながら階段を下る。自分でやった事ながら、後で片付けないといけない。こういうとき魔法が使えたら便利なのだが。
 どう見ても野犬が食い荒らしたようにしか見えない食料庫についた俺は、テキパキと片付けを始める。ミカさんに投げつけた食材が無残に散らばっているが、野菜はほとんど傷んでいなかったのでほとんど大丈夫そうだ。氷室から出した肉は踏み跡がある上に時間が経っていたので、惜しいながらも捨てて別の物を使うことにする。
 野菜類はさっと塩ゆでして水気を切ったら、短く刻んでワイン塩と酢のドレッシングをかける。
 パンを作る時間はなかったので、お湯で軽く練って塊にする。ブイヨンとかコンソメとかそんな物はないので、出来た物を形容するなら塩と焼いた肉のすいとんか。風味が少し足らないが、乏しい材料と時間の割にはなかなかバランスが取れた物を作れている気がする。とにかく食えないと言うことはない。
 俺、料理人としてもやっていけるんじゃないだろうか。
 お盆いっぱいに料理を載せて、俺は食堂へ向かう。
 二人はまだ来ていない。テーブルに料理を並べてから客間へ足を向けた。明かりがまだついているので、そこに居るはずだ。
 談笑する声が聞こえる。
 先ほどの軽妙なやりとりを見ても、長いつきあいだということがわかる。
 扉を開け、二人を呼ぼうとして俺は硬直した。
 仲が良いのはわかっていたが、二人の距離は俺が思っていた以上に近かった。ミカさんの膝に乗るエマさんは、驚くほど柔和な笑みを浮かべて会話に応じていた。
 見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。
 俺は静かに扉を閉め直し、それから大げさにノックした。
「ご飯できましたよー」
 少し間を置いてから扉を開ける。二人は何事もなかったように距離をあけて立っていた。
「やっとかよ。餓死するかと思ったぞ」
「遅れたのはお前のせいだろう。だが、コウの料理はなかなかのものだぞ。空腹を我慢する価値はある」
「期待に添う出来だと良いんですけどね」
「謙遜するな。キミの料理は素晴らしい。胸を張れ」
 そういえば、前にも言われたんだった。
「こんだけ腹が減ってると、何食っても美味いと思うけどな」
 身もふたもないことを言うミカさん。
 先ほど見た光景が頭をよぎる。
「どうした?」
 エマさんが心配そうにこっちを見るので、俺は無理矢理笑顔を作って応じた。
「ちょっと料理のできばえについて考えちゃって。さあ。冷めないうちに食べましょう」