俺と奴はプールに来ていた。
夏休みも終わりに近づいているが、子供用プールではエネルギッシュな幼子たちが水を浴びて輝いている。
「お前、幼女とやらしいことをしたいって考えたことはあるか?」
「ないな。そんな可哀想なことが出来るはずがない」
「まあそうだよな。俺たち見てるだけだもんな」
「ああ。誰も見ることは規制出来ないからな。見てるだけだ」
「俺たちはつくづく健全だな」
「ロリコンじゃないしな。あの発達途上の肢体に込められた、溢れんばかりの生命力に芸術的価値を見いだしているだけ。オレたちは生命の観測者に過ぎない」
「無邪気さは美徳だが、その輝き一瞬だからな……無垢の羽根に悪徳が染み込んでいくのは悲しいことだ」
「だがこの悲しみは尊い。オレたちがロリコンではないが故に」
「穢れなきものを見つめる俺たちの目もまた、純粋であるということか」
俺の言葉に、奴は力強くうなずいた。
「そうだ。魂は穢れ、翼が折れてもオレたちには感じる心がある」
時は過ぎ、人の数は減る。少女たちもまた姿を消していく。
俺たちもプールから上がると身支度を調えた。
「そう言えばお前の娘はいくつになる」
「10歳だ」
「これからがつらい時代だな」
「ああ。そろそろパンツを一緒に洗うなといわれる頃だ」奴の表情には、年頃の娘を持つ父親の苦悩が滲んだ。
「敬意と憧憬は失われ、虚栄心と無関心が支配する時代か……」
「だが美しい思い出だけでも、人生は生きるに値するんじゃないだろうか。オレはそう信じている。それに今まで撮ったDVDも、アルバムもある」
「俺たちはもう、あのビニールプールで一緒に戯れることはできないんだな」
「そうだ。全ては手遅れで過去の物だ。もし仮に娘が良いと言ったとしても、やはりオレたちはもうあの場所へは行けない。少女に憧憬を持つことが犯罪と見なされるこの世界ではな」
「何かが狂ってしまったのか……それとも、俺たちが間違っているのか」
「あるいはその両方かもしれん。それでもオレは、残された日々を精一杯目に焼き付けていこうと思っている」
「一瞬こそ永遠、ということか。たいした奴だよ、お前は」
「希望は捨てないさ。生きている限り、チャンスは巡ってくる。将来、娘が女の子を産むかもしれん。オレはそこに未来を夢見ている」
「遠大な計画だな」
「そうだ。遠い遠い道のりだ。だがやる価値はある。オレたちはいつだって分の悪い闘いを続けてきたじゃないか」
俺たちは緩慢な動作でたばこに火を付け、プールの駐車場で紫煙を吐いた。
「なあ……神は存在すると思うか。このような世界を作った神が」
奴はうなずいた。
「神は居るさ。そうでなければ、オレに娘が生まれるはずがない」