「見ず知らずの相手にそこまで強く求められるというのも気持ちの悪い話だな」
「そうはいっても相手は君自身と同じ波長と性質、魂魄を持つ同一にして異性なるものジャン。
肉体は違えどルーツは同じ物、分かたれていること自体が本来不自然だから引き寄せ合うのは自然の摂理ジャン」
「だけどあれだろ? 半身との一体化はどっちかが消えるって事だろ? しかも確率は不定で」
「それは正しくもあり、正しくもないジャン。君たちの肉体が何故欠損すると思う? それは、肉体を形作る魂そのものが不完全だからなのねん。間違った設計図で作られた身体は早い段階で故障するジャン。そのための、正しい設計図を補うために魂を、正しくは肉体が持つ設計図を手にしようとする本能、それこそが半身の喪失と合一ジャン」
「遺伝子異常と何が違うんだ」
「説明は省くけど、遺伝子を作る遺伝子みたいな物が壊れてるんだよ。でも僕はコックリ様のおかげで健康そのものさ」
お前は黙れ、スモーキー。
「君も一緒に健康になろうぜ?」
躁鬱の狭間で揺れている奴に言われたくはない。
昔はもっとずっとまともな奴だったが、今のスモーキーといえば昔のような安定を取り戻す事自体が稀だ。
「ああ、呼んでいる…………」
呼んでない。
「え?なんだって?それは大変だぞ」
よく判らないが、スモーキーはまた誰か別の人間と話しているらしい。
人間じゃない可能性もでかいが。
「じゃあ十六夜、僕は何かあっちの方で用事が出来たから。コックリ様、後はどうぞよしなに」
「うむ、くるしゅうないジャン」
「ああ、光が…………」
ほぼ一方的に俺の口でやりとりがされた後、スモーキーは行ってしまったようだった。
というか、置いて行かれても困る。
「安心せーよ。あちきに任せておけば万全ジャン」
凄く不安だ。
得体の知れない憑依人格にそんなことを言われても、まったく安心できる要素はない。
むしろ、目に見えない不安まで増えただけのことだ。
「心配性なのね~ん」
「当たり前ジャン」
「マネするんじゃないジャン。集中できないのねん」
変な口調のくせに神経質な。
「では、これから因果を再構成するジャン」
光が切り離され、微少なブロックとなって身体が分解されていく。
痛みも感覚もないが、身体が拡散していく妙な気分はあまり気持ちのいいものではない。
「どうするんだ?」
「知らないほうがいいのねん」
立方体に変じた身体だったものが、散り散りになり集約する。
それらの行為を繰り返しながら、別の形状の物質に生まれ変わり、また戻る。
そして、その行為を幾度も繰り返した後、強烈な光の炸裂とともにバラバラになった。
「……おい」
「何ジャン?」
「まさか、失敗したんじゃあるまいな」
「もちろん、大丈夫なのねん。これからが本番じゃん。エンジェルちゃん、出番よーん」
無の空間から何かがにじみ出ると、歪な球体と羽根、それに子供の腕のような物が現れた。
それぞれの物体に繋がりはなく、翼ではなく巨大な羽毛が一対、頭も足もなく腕と球体だけが宙に浮いている。
それは、陽気な声で答えた。
「はいはいほー」
これが、エンジェルかよ。
およそ、有史以来あらゆる宗教画家が発狂しそうな形態の天使は、炸裂した俺の身体ブロックを拾い集める。
が、俺の欠片を拾っていくのはいいのだが、片っ端からぽいぽい捨てている。
「おい。本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫ジャン」
だが、エンジェルの選り分けにより、俺の部品はあちこちに散乱している。
塊となって残っているのはほんの一部分、一抱えくらいだ。
「だめだよこいつー。全然使えるとこないよー」
「その余った部分も俺の一部だと言うことを忘れるな。ちゃんと組み立てろよ」
もうだいたいのことでは驚かなくなっている俺は、天使を恫喝した。
「何で怒ってるのー?」
「当たり前だ。自分の身体が欠けて嬉しい奴がいるか」
「別に余ったのは捨てる訳じゃないジャン」
「そうだよー。そーゆー意味じゃなく、新たな因果の再構築に使える部分がないってことー」
「ってことは、無理なのか?」
「無理じゃないよー。ただー、君の背負ってる業の殆どが断ち切ろうとしてるもので構成されてるからー、因果を完全に断ち切ろうとするとー、遺伝子構成とかが別の人間になる可能性があるのー。ついでに魂魄の方も不安定になって最悪即死」
「即死は駄目だ」
文字通り死んでしまうではないか。
「うーん。つまり、表層意識に作用する波を深層心理の方に振り分けるわけだから、精神の構造そのものに手が加わっちゃうわけー。肉体と精神は相互に補完しあっている物だから、下手をすればー、今ある能力にも制限が出ちゃうねー」
下手をすればって、人格変わる方が問題としては大きいだろ、普通。
ついでに死ぬとなれば、なおさら大問題だ。
「まあ、干渉を弱めるくらいは何とかなるジャン。変わってもほら、多分気がつかないから」
「いいや、それはダメだ」
「何でジャン」
「俺は俺だ。変える必要があるなら、自分の力で変える。俺は誰にも従わないし、変えさせもしない」
「あちきらのソウルに触れている時点で変容は避けられないジャン」
「じゃあ帰れ」
「頑固ジャン」
「偏屈ー」
「うるせえ」
普通、人格が変わると言われては譲歩できないと思うが。
「でも、アブソリュートはなるべくなら使わない方がいいジャン。アレは欠けた魂魄を満たそうとするために他者の魂魄を取り込もうとするジャン。だから精神干渉されるのは、アブソリュートを使った後なのねん」
初耳だ。
「俺らもたった今知ったジャン」
お前らと知り合ったのは、たった今が最初だ。世話になんかなりたくなかったさ、出来れば。
しかし、そうか。アブソリュートを使った後か。盲点だった。
だが干渉を受けたのは一度だけだし、あの時はアブソリュートなど使っていない。もとより濫用する力ではない。となれば、そのタイムラグは何だ?
「違うのねん。それは、精神干渉のメカニズムをしらないだけジャン」
「精神干渉ってのはー、いきなり侵入するよりは、切っ掛けを作ってそこを橋頭堡にちょっとずつ侵入したりしていくの。だからー、効果を最大限に発揮するにはーすこぶる時間がかかるんだよねー」
なるほど。ということは、いつ精神干渉を受けているかは分からないのか。
「今も、受けてるよー」
「ウチらの波にかき消されちゃったけど」
「ほう、でかした」
かき消されたという表現が若干気になるが。
「まあ、因果を再構築したくないなら、このままウチらが居座るのが一番ジャン。並大抵の精神波はうちらの前には届かないジャン」
「断る」
俺は断言した。
「え、でもそれが一番の方法だと……」
「明日、人類が滅ぶとしても断る」
「じゃ、俺らには打つ手無しジャン」
「後悔せーよ」
「お前らみたいのに居座られてたまるか。だいたい、お前ら何でそんなこと知ってるんだ」
「うちらは、大宇宙の意志ジャン」
いきなり電波を送るな……って、大宇宙!?
何のホラだ、それは。神を騙るとは傲慢な。
「ホラじゃないよー。僕らは神という概念を形骸化した存在の一部なんだよー」
「そうなのねん。だから、傲慢に感じるとしたら、それは次元間の価値観の相違ジャン。
肉体にも魂が宿るように、言葉にも魂が宿るのねん。
あちきらはその言葉の揺らぎを司っているというわけ。
むしろ言語そのものがあちきらの実体そのものとも言えるジャン。
世に言葉が満ちる限り、あちきらは不滅の存在ジャン」
「なるほど。お前らの偉そうな物言いは、言霊によって構築されている事への、絶対的な自信のあらわれなわけだな」
「それも厳密にはちょっと違うー」
「多層世界が誕生し、次元と階層の違う世界が誕生した原初の爆発から生じた量子の揺らぎ、それがあちきらとも言えるジャン。
だからこそ、あちきらはどこにでもいるし、どこにも居ないのねん」
「出入り自由だよー」
頼むから出入りしないでくれ。
「あと俺の口を使うな」
「気づいていると思うけど、ここは疑似世界なのねん。見えるモノは全てじゃないんだよん。おわかり?」
「少しだけ」
「だから安心するのねん。口なんてないジャン」
そう言う問題ではない。
「まあ時間は限られているから早急に取りかかるジャン」
「わかった。最後にもう一つだけ、俺の半身は異性体でできてるとのことだが、人間じゃないのか? 分子構造が違うんじゃ人間とは言えんだろう」
「そうジャン。厳密な意味での人間とは異なるよん。でも、あんたもそうジャン」
「え、俺、人間じゃないの?」
「この世に厳密な意味での人間なんて皆無じゃん。みんな歪んでるのねん」
衝撃の事実だ。
全ての人間、と言えば心当たりは一つだけ。
「大破壊が全てを変えた……か」
「そうなのねん。遺伝子、構成分子、全てが狂ったジャン。あの日こそ全ての始まり、この世の終わりだったジャン」
「社会の乱れはそんなもののせいにしちゃいかんとは思うがな。要するに、俺らは自分で思った以上の馬鹿だったって事だろ」
「そうジャン」
神の眷属にそう言われては立つ瀬がない。
というか、世の中が悪いのは人間のせいだと神に認定されるのも嫌な話だ。
話しかけると気が散るというので作業を見ていたが、俺の身体、因子を象徴する光のブロックはさらに細かく裁断され、組み替えられ、積み上げられていく。
俺の意識自体に形はない。俺という存在が、俺を見ている。
俺の未来、俺の過去、俺自身。
感慨はない。むしろ滑稽だった。
こんな風に、そう形として自分を見るとは。
因果とは、すなわち運命とその選択肢だ。運命があり、選択し、結果が返ってくる。それを再構築すると言うことは、運命を変えることに等しい。ただし、運命そのものを変えることではない。
新しい選択肢が生まれるようにする、新しい選択肢を見えるようにする、それが因果を再構築すると言うことの意味だ。
俺自身がこの処置を受けるのは全くの初めてだ。
本来なら、こんな方法は取りたくはなかった。
だが、他人に侵入されるのと処置を受けるのでは、後者を選ぶのは当然のことだ。
それにこれは守りに入るためではない。攻め込むための一手だ。
ダグラスが何を考えているのか、奪われたマリィのランクZがどうなっているのか、俺の半身とやらがどんな風に利用されているのか。
一つ一つ暴いていけば、真実は見えてくるだろう。
自称天使が積み木のように組み上げていく物体を前に、コックリの厳かな声が響いた。
「取りあえず君の要望を最大限に取り入れた結果、ほとんどどうにならないことが判明したので、やばくなったら我慢するジャン」
解決になってねえ。