睨み合いが続く。
「十六夜はどこだァ?」
「答える義務はないわね」
繭に包まれているのが幸いしたか。
生身のままで放っておかれては状況は良くないが、少なくとも何かに隠れている分、いくらかマシだ。
セラフが細い腕を振り上げる。その纏った風が、真空の刃を生み出したのだろう。
だが。
呆れるほど遅い。
不意打ちなら、動けない十六夜とスモーキーを最初に狙うべきだった。そうすれば、こちらにも隙ができた。
「腕に触れては駄目だ!」ガードレスの声が響く。「セラフの腕に直接触れると接触面が失われるぞ!」
十六夜の「アブソリュート」と似たような物か。
一歩退く。
足下の地面が裂けた。
風、ではない。
大気の揺らぎは感じない。裂け目がそのまま移動してきたような、そう言う斬れ方だ。
「風という通り名は、どうやらブラフのようね」
「ブラフってのはなんだァァァァ」
視線が宙を泳いでいる。裂け目が周囲一体に生じているのは、力を振り回しているためか。
「おいガードレスよぉ! ブラフってなんだか教えろう」
好機。
隙を見せたセラフに拳を打ち込む。
が、拳は空を切り、姿はない。地面に埋没するように身をめり込ませたセラフは数メートル離れた先から上半身を生やし、そのまま移動した。
空間を跳ぶとはこういう事か。
跳ぶ、と言うよりは泳ぐ感覚に近い。
瞬間的な移動ではない。空間を接合してそこを起点にしている。
空間を操る力か。
似たような能力を持っている人間を知っているが、この男に出来るのは裂け目を作ることだけのようだ。それを使って攻撃に充てている。
なるほど、空間が断裂させればいかなる物質も斬ることが出来る。
単純な力だ。ならば対処の方法もある。
セラフの腕だけがこちらへ伸びてくる。
本体は別の部分。
半歩引いて裂け目をかわす。裂け目を作れるのは一方向のみ。軌道は直線。
暗殺向きの力なのかもしれないが、正気を失っているせいか理性的な行動が取れていない。力を振りかざしているだけだ。
「ケエエエエ!!」
予測できない箇所からの切断は厄介だが。
攻撃に使う腕が切断能力を有している以上、本体を直接叩くしかない。
「女を殺ルのは久しぶりダゼェ」
空間に隔たりがあるのなら、ブラストヴォイスも届かないだろう。流石に次元を超えて当てるのは無理だ。
避けるのはたやすいが、万が一十六夜の繭に当てられると厄介だ。早めにけりを付けたほうが良い。
この叫び声は聞いていて苛ついてくる。
「ガードレス、移動先が予測できると言っていたわね」
「だいたい、だけれどね」
「それで十分よ。予測位置を教えて頂戴」
「心得た。────左に来る」
セラフの上体が現れる。巨大な裂け目が地を割る。
少し離れすぎだ。間合いを詰めてもいいが、跳躍されたら意味がない。
むしろ相手が近くに来た時を狙う方がリスクは低い。
「オイ、ガードレス! 俺の質問に何で答えねぇ!」
「相変わらずうるさい奴だなあ」
セラフが薔薇の枝をむしる。
「右後ろ」
ガードレスの声が響く。
セラフの姿が視界から消える。
その場で上体を捻り、遠心力で加速した後ろ回し蹴りを叩き込む。
手応えあり。
セラフの身体が地を滑る。
まだ致命傷ではない。
見た目よりはタフのようだ。
「痛エエエエエ!」
セラフが起きあがり様に生み出した裂け目を半身ずらして避ける。
一足飛びに間合いを詰め、肉薄。
顎を弾き、空いた喉へ拳を打ちこむ。
膝関節に衝撃を与え、崩れるように落下する身体を、首に回した腕で支え、側頭部への掌底で圧し折った。
そのまま、動かない身体が潰れるまで、ブラスト・ヴォイスを浴びせ、終わる。
攻撃が厄介なら、攻撃させなければいい。裂け目を作るには予備動作が必要なら、その前に叩く。間合いに入れば造作もないことだ。
もはやそこにあるのは唯の塵芥に過ぎない。
「見事だ、といいたいところだけど」一瞬の間。「やりすぎではないのかな」
「敵に情けを掛けるな。容赦するな。刃向かう者は子供でも殺せ。私はそう教わったわ。だから今まで生きていられた」
「嘆かわしい。争いからは何も生まれないというのに」
「あなたは誰も殺したことがないの? とてもそうは見えないけど」
「人殺しは罪だ」
薔薇の花が揺れる。それが何を意味するかはマリスには判らない。
「私が愛を説いたら、悔い改めてみんな自殺してしまったよ」
「そっちの方がえげつないわ」
風が吹く。
さっきまでセラフと呼ばれていたそれは、吹き流され風に熔けた。
こんな空気を吸うのは嫌だ。けれど、呼吸をする全ての人々が気付くわけではない。
そんなものだ。生きるということは。
「争いから生まれるものもある」
「ほう。一体、何だい?」
「死」
「……やれやれ」
そう、きっとそんなモノ。
「それで、身体はどうするの?」
「……風のセラフとまで呼ばれた能力者が、生身の女性にこの様か。人間なんて虚しいものだな」
「他を抑圧する宗教こそ、虚しいものだと思うけど。争いの原因も、宗教が殆どだし」
「互いに正しいと思うものがぶつかり合えば、残されるのは屍だけだ。だが真実に譲歩などあり得ない。そしてどちらもまた真実なんだよ」
「言い訳ね」
「辛辣だなぁ。でもね、宗教が争いを生むんじゃない。争うのは人間だからなのさ」
「それは救いではないわ」
「もちろん。しかし、ひょっとするとそれすらも神の意図かもしれない。我々が神を理解しようとはそれこそ逸脱、おこがましいことではないかな」
「……あなたと宗教談義をする気はないわ。話を元に戻しましょう。最初の条件を飲むか飲まないか」