「ユリウス・カエサル曰く『賽は投げられた』という奴だね」
「……お前……自分が何をやったか判っているのか?」
自分でも語気が荒くなっているのが判る。
冗談にしては悪趣味すぎる。
「おや、君までそんな怖い顔を。僕は保険をかけただけなのに」さも心外そうなマリィ。
「保険だと?」
「彼らのゲノム情報は記憶の一端、髪の本数、虫歯の数に至るまで全て保存しているよ。その気になればすぐにでも『解凍』可能さ。ただし、僕が死ねば彼らが戻ってくることは永久にない」
「大した人質だな」
「裏切られては元も子もないからね、ムッシュ・ゴールディ。悪く思わないでくれたまえ」
まぁ金次第では何でもする男だ。
気持ちはわからんでもないが、それにしてもそこまでやる必要はないはずだ。
半分は本気、半分は遊び、だろう。少し度が過ぎてはいるが。
「でも、クローンでは、まったく同じ遺伝情報でも、別人でしょ」
「そうだ。同じ固体を作ろうとすれば、魂が不在になるだろ」
緊張の糸が切れ、茫然自失のゴールディに代わり、俺とマリスが質問を浴びせた。
気休めなのは分かっている。普通に考えて、治療は無理だ。
遺伝子レベルの病気の場合、クローンを作ったからと言って、それが治るわけではない。遺伝子の修正をしなければ根本的な解明になどならない。
もちろん、遺伝子レベルの異常が原因だと言うのが前提として、だ。現状、この病気が奇病として扱われているのは原因がまったくの不明だからだ。
「勿論、魂のサルベージは完了しているよ。不確定な要素は、これからの研究次第、だけどね。そのための証明が、今のデモンストレーションだよ。人格をフォーマットしただけの人間なら、バラバラになったりしないでしょ? これ、僕がリデザインしたんだ」
「そんなこと、出来るのか?」
「うん、僕の研究の成果だもん」
恐ろしいヤツだ。
つまり、ゴールディは、マリィが落ち着いて研究できる環境を確保することを強いられるわけだ。
今回の件。今後の身の安全。
その隷属状態がいつまで続くか。それはマリィにしか分からない。
「……その方法ならば、二人の病気も治せるのか?」
それでも、ゴールディの声には最早、哀願の響きさえ含まれていた。
「可能、と答えるなら、君はどういう返事をくれるかな」
「本当に……可能なのか?」
ゴールディが血眼になって探す、奇病の治療方法。
「全身の細胞、その遺伝情報の劣化が完全に修復されてしまう」つまりは「老化せずに若返っていく」奇病。
それは永遠の若さをもたらすものではなく、細胞自体の寿命を著しく消耗させる。発病から死に至るまで、1年足らずしかかからない。
そのために二人は炭素凍結法によって凍結保存されていたのだった。
それも、マリィの人形の一つが経営する病院で、だったんだろう。
「僕は嘘はつかないよ。約束は守るんじゃないかな」
「本当だな?」
「もちろんだとも。成功の暁に十分な金額と、君の肉親二人を返却しよう。この条件に異存はないと思うけどね」
「二人を治してくれるのなら、金なんていらない」
「それはダメだよ、ムッシュー。気持ちとけじめの問題だから」
恐ろしい。こうやって、手駒を篭絡していくんだろう。
それにしても、これでゴールディも一匹狼を廃業か。これからは、晴れてマリィ一家の仲間入りだ。可哀想に。
「良かったな、仲間が増えて」
「あたしがマリィと組んでいるのは、その方が有利だから。勘違いしないで」
それにしても、これで双子以外の全員が、マリィに弱みを握られているわけだ。
……性質が悪い。
俺は、傍らにマリスを抱き寄せ、脇腹を愛撫した。
歯車が、カラカラ回る。ゆっくり、確実に、計算に従って。