私は人の色恋談義を聞くのが好きだが
それぞれ複雑な事情を抱えているのを耳にするに付け、人という者は業が深いな、などと思ってしまったりする。
悩みの質は似たようなものなのかも知れないが、しかし抱えているものを慮れば、とるに足らぬこととは談じることは出来ないだろう。
ときに耐えかねて助言めいたことを口にするとき、後で憂鬱になる。
なんの力もないくせに、詭弁を弄する己の醜さには心底辟易するが、何が醜いかと言えば傲慢さよりも自分の持つ劣等感故の小さな優越感だ。
いつの日か、その代価を支払うことになるだろう。
私に支払うことが出来る物が残っていればの話だが。
他人に愛される幸せ、というものがあるなら
他人に愛されない幸せ、と言うのもあるのだろうか。
時々、それが知りたくなる。
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