shadow Line

水面

 俺がゴールディにまとわりついていると、マリィがそれを遮った。
「その話はもういいかい、ムッシュー? それで、そこで優秀な社員を他社に売り渡したいんだ。部署は丸ごと頂くけど、マリスたちに頼む破壊工作と合わせて、ダグラス君を飼うことがイクスィードに不利益だと教えればいいんだ。いい受け皿があればね」
「パパの会社にお願いしようか~」
「キャハハ、エクセル・エンタープライゼスの力を思い知れ~」
 エクセル・エンタープライゼス。
 聞き慣れた響き。
 ……俺のお得意先だ。
 金払いはすこぶるいい。報酬はいつも腰を抜かしかねない額を支払ってくれる。
 その代わり、毎回裏事情込みで寿命が半分になる仕事を俺に用意してくれる。
 報酬に対して、3倍は危険な仕事を。核融合発電所の暴走を止めてこいとか、人員込みでビルを爆破解体しろとか。
 この双子の親の所有会社か。成る程、あの無茶さは大いに納得だ。
「売り飛ばすと言うことは、それなりのポストを用意してやらなきゃならん。大丈夫なのか?」
「どうせすぐ捨てちゃうんでしょ~?」
「『ばいおこんぴゅーたようにゅーろんちっぷ』の素材が欲しいってパパ言ってたよ~」
 生体脳を取り出してニューロン素材にするって事か?
 ホントに人身売買だぞそりゃ。
 しかも本当にやりかねないから全然笑えん。 
「それにしても、お前らの親父の会社は、いつも危険なことばかりしてるんだな」
「……十六夜、エクセルの社長は、あのトリニティ・コーポの副社長だぞ。エクセルは、そこの対外工作のための会社だ」
 トリニティ・コーポレーション!? 世界経済の覇者だぞ!
「そこも実権はパパが握ってるけど、名目上は叔父さんの会社だよ~」
「叔父さんも時間の問題だけどね~」
 恐ろしい。骨肉の争いを笑って話されることもそうだが、神が二匹の悪魔にあらゆる物を与えてしまった事実が恐ろしい。どうせなら、良心と知能を優先的に与えて欲しかった。
「……ムッシュー、先ほどから気になっていたんだが、この二人のレディはどなただい?」
 こいつも恐ろしいヤツだ。あの悪魔をレディと呼ぶとは。レディに殺されるぞ、性別不詳者め。
 ……もう帰りたい……。
「社長令嬢だよ。ゴールディが話した会社の」
 俺の口調は憂鬱さが混入している。説明するのもうんざりといった感じだ。
「ほほう。それは奇遇だ」
「……奇遇か?」
「初めてお会いするからねぇ」その言葉が本当かどうかは疑わしい。
「黄連雀と十二紅は悪名も高いのに……」
「よけいなお世話だ~」
「そうだそうだ~」
「確かに。レディをそんな風に紹介するなんてキミらしくもない」
 よくよく考えるとこいつもまともじゃないな。俺は改めてそう思った。集まるべくして集まったメンバーなのか……。なんてこった。
「それにしても、このレディたちが、あの十二紅と黄連雀とは。噂以上にチャーミングだねぇ」
 ……皮肉か?
「はじめまして、人形使い~」
「世話んなるぜ~」
 ……意気投合してる。最凶最悪のカップリングだ。
 最低だ。
「……俺、帰ってもいいかな……」
「構わないよ。キミの出番はまだ先だし、その時は追って連絡するから」
 俺は、力の入らない体を引きずって、「地図なし」を出た。
 夜風が身に染みる。これが現実の冷たさか。
 後ろから、マリスがついてきていた。 
「調子、悪いの?」
「今は悪くない。これから悪くなるところだ」俺は壁にもたれかかるようにして振り向く。
「そんなに気負うこともないのに」
「別に。ただ、身内の問題点の多さと敵の巨大さに頭を抱えてるだけだ」
「それが気負ってる、のよ。どうせ、なるようにしかならないわ」
「楽天的でいいな」
「いちいち頭を変えていたら、まっすぐにも歩けないもの」
 それも真理なんだろうが、そんな風に考えられるマリスが羨ましくもある。女一人で生きていく、というのはそういうものなのだろう。
「で、これからどうするの?」
「家に帰って、蒲団かぶって寝るさ。凡人に出来ることっていうのはそのくらいだからな」
口に出してからふと思う。俺は拗ねているのだろうか。
「……フゥ」
 俺は霞む視界に向かって息を吐き出した。先ほどまで誰もいなかったその場所に、一人の女が佇んでいる。
 どうやら、拗ねている暇はないらしい。
 今までにも何度か現れたが、今回の件に巻きこまれてからは、夢以外では初めてか。
「一体、何が言いたいんだ?」
 彼女は何も語らない。それが沈黙なのか、それとも聾唖なのかはわからない。
 けれど、彼女の出現は、いつも感情を波立たせる。不安という石で。
「どうかしたの?」
 俺を見る怪訝そうな顔のマリスが視界を埋めた。彼女の姿は、俺以外には見えないのだ。
 俺は、マリスの顔で視界を埋め尽くした。引き寄せ、唇を重ねる。
 幻覚。
 確かにそんなたぐいの物なのかもしれない。俺以外には見えず、誰もその存在を知覚しない女。
 マリスとの仲を見せつけたら何か反応があるのだろうか。
 しかし、マリスからの答えは平手打ちと突き放し。
「強引なのは嫌いか?」
「恋人を気取るなら、もっと男を磨いてから来ることね」
「手厳しいな」
 俺は「影の女」に向けておどけた振りをしてみるが、「彼女」からの反応は相変わらず無い。
 どうにも俺は、女運があまり良くないらしい。
 本命にはかわされ、幻覚には付きまとわれる。
 ……ま、それもいいさ。
「じゃ、俺は彼女に相手をしてもらうよ」
 マリスの表情が怪訝そうに歪んだ。妙に子供っぽい表情だ。
「誰よ、それ」
 俺はタバコに火をつけ、一口吸いこんだ。この美人が見えないとは、可哀想に。そう思いながら、にやりと笑う。
「守護天使さ」
 そのまま振り向きもせず、タバコを持った手を軽く振って歩き出した。
 影の女はもの悲しい表情で其処に立ったままだ。 
 その時、ひょっとしたら、と思った。
 ひょっとしたら、この女も半身を求めているのだろうか。
 同じように欠けた、この俺を。