練馬産業高校。
ここはそういう学校である。
名前が全部を表しているので、人に説明するときによけいな言葉をしゃべらなくて良いのが素晴らしい。
生産的なことを学ぶために、非生産的な方法で学習する。
必要な知識をひたすらに詰め込まれ、解釈する間すら与えることなく新たな知識を積み上げていく。
けれど、その是非を問うのは無駄というもの。
物事のとらえ方は一つではない。
系統化された知識の圧縮は、自ら学ぶよりも効率がよい、と言う事実もある。
退屈なのも事実の一つに含まれるのだが。
軽々しい音のチャイムが鳴り響き、拘束時間の終了を告げる。
午前の授業が終わり、しばし学業のくびきから解き放たれた私は、教室をぐるりと見回した。
弁当を広げる者、学食へ行く者、外へ行こうか話し合う者、皆様々に空き時間の過ごし方を考えている。
「お前はどうするんだ?」
友人の西遠寺 恭也が不意に問いかけてきた。
「そうだな。外に行くのは億劫だし学食ですませるさ。一人で、と言うのも味気ない気はするが…………」
「おおっと。俺と一緒に食うとか言うなよ。悪いが先約があるんだ」
「またか」
別に私は恭也を誘っているわけではないのだが、たいていは腐れ縁という奴で一緒に行動することが多い。
そうでないのは、恭也が女に熱を上げているときだけだ。
「お前と違って、俺はいつも青春全開純情一直線なんだ。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて地獄に堕ちるぞ」
私はため息をついた。
恭也の顔はそう悪くないし、性格も悪くないとは思うのだが、いかんせん勢いがありすぎて相手が引くのだろう。
今のところ連敗記録を更新中だ。
「邪魔などしない。好きなだけアタックして振られてこい」
「何だと貴様ー!」
「お前が誰と付き合おうと止めはせん。私は応援しているぞ?」
「くっ。貴様の微笑みにただならぬ邪悪さを感じるが、あいにくそれについて議論している時間が惜しいので今日のところは見逃してやる」
「そうか。早く行け」
「やけに邪険にするな。………そうか、そういえばお前にも女が出来たんだったな」
女が出来た、というのはどういう表現の仕方だ。
もっとましな言い方はないのか。
「そういう表現は不適当だが、私につきまとってみたい、という奇特な女性がいるのは確かだ」
「なにが奇特な女性だ、このむっつりスケベ。おれに隠れてイチャイチャしおって」
「おまえは私の目の前でいつもイチャイチャしているが、それについては良いのか?」
「いいんだ」
「即答するな」
「いいか。俺がやっているのはおまえへの情操教育だ。女へのつきあい方、口説き方、その全てをおまえに与えている!だが、おまえが隠れていちゃついてしまうと、教育担当者としてはそのレベルが把握できないので駄目だ!」
「力説するな。それに私はおまえに教育されている覚えはない」
「おまえ、最近否定文が多いな」
「これは私の性格だ」
「ネガティブな言動は感性を失わせるぞ」
「別に生きていくのに感性が必要と思ったことはないが」
「いずれ判る。愛とはすなわち感性と感性の響き合いだということがな。おっと、もう時間だから俺はおさらばするぜ」
行ってしまった。
時々思うのだが、恭也の奇天烈な言動の原因は、何らかの必須栄養素が足りてないためではないだろうか。
とりあえず学食へ行くか。
鞄から財布を引っ張り出そうとしたときに、入り口から人が近づいてきたのに気がついた。
顔を上げると、『彼女』がそこに居た。
話題の主だった。
榊 明香。
金の糸を寄り合わせたような、亜麻色の髪が目を引く。
目元まで伸ばされた前髪が瞳を覆い隠しており、僅かに笑みを浮かべる口元以外に表情と呼べるものを感じさせない。
道行く者が振り返るほどの美貌でありながら、彼女が目立たぬ理由がそれだ。
教室で見かけるときはいつも一人で、声を聞いたことがない、と答える人間が居るほど無口。
押し殺したように没個性を装う彼女は、それでいてごく親しい者にだけ、自分を見せるのだという。
なぜそうするのか、と言う問いには答えてもらっていない。
ただ、こうして私に友好的な態度をとる、というのは私を親しい人間と認識しているからなのだろう。
手に提げた包みを少し持ち上げて、いつもの謎めいた笑みを浮かべる。
「お弁当、食べませんか?」
わざわざ作ってきたらしい。
「別にそんな手間をかけることもないだろうに」
「学食のパンじゃ、情緒に欠けるじゃないですか。男性は、こういうの嫌いじゃない、と聞きましたけど」
「悪い気はしないが」
「それは良かったですわ。断られたらどうしようかと思いました」