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第44話「戦闘公務員鈴木の逆襲」

 その日、いつもの日課であるチンピラ抹殺を終えた宇宙番長は一路世田谷の自宅へ向かって歩いていた。
 薄暗い通りを進む宇宙番長の前に、一つの影が立ちふさがる。
「何者だ!」
「フフフ……久しぶりだな、宇宙番長」
「そ、その声は!」
 影は街灯の下へと進み、その全貌を表す。
「いつか練馬市役所にいた公務員!」
 そう。暗闇のなかから現れたその男こそ、かつて練馬市役所警護の任についていた戦闘公務員、鈴木 太郎その人であった。
 それはそうと、もしも宇宙番長がその道を通らなかったら一体どうするつもりだったんだろうか。やはり宇宙番長が通るまで待ちつづけていたのか。宇宙番長と出会ってしまった以上、彼の真意を知る術はない。
 というわけで、鈴木は宇宙番長に敗れてからの経過を頼まれもしないのに喋りだした。
「宇宙番長よ……お前のカウンター攻撃によって前歯を折られた後、俺は貴様のことを考えない日はなかった……貴様には分かるまい。公務員の安給料にとって保険の効かない前歯を折られるということがどういうことか!
 俺は一本65000円の前歯を二つ入れなければならなくなったんだ!」
「で?」
「俺は貴様への復讐を果たすため、全身をサイボーグ化し、更なる力を手に入れた。見ろ!」
 鈴木はシャツの胸をはだけ、その改造された肉体を宇宙番長の前にさらけ出した。
 はたから見れば、変態か痴漢である。
「この鋼の肉体で、貴様を倒す!そして俺は練馬市役所に再び就職するのだ!」
「ほほう。じゃ、いまからやるか?」
「フン。まぁ待て。貴様との決着はハッキリさせたいからな。場所はこちらから後日、指定する」
「いいだろう」
「それでは、その日を楽しみにしているぞ……逃げるなよ……宇宙番長。クックックッ」
 鈴木はシャツの胸元をはだけたまま歩きだした。

 はるか遠くで、鈴木のくしゃみがこだました。

 それから三日後。
 暇つぶしに上野公園で環境破壊を企む悪のピクニック軍団を木端微塵に鎮圧した宇宙番長は、自宅に何か届けられているのを見つけた。
 宇宙番長は封筒の口を破り中身を取り出す。
 内容はこうだった。
 『試合は一週間後。新宿アルタ前 特設リングにて』
「ほほぅ。公衆の面前で俺をぶちのめそうって腹だな。根の暗い奴め」
 宇宙番長は挑戦状を破り捨て、三回踏みつけたのちに100円ライターで燃やし、その灰を隅田川に流した。「いいだろう。その挑戦のってやるさ……お前には、この世でもっとも悲惨な運命を用意しておくぜ。クックックッ……」
 その夜、世田谷では宇宙番長の怪しげな笑いが途絶えることがなかったという。

 決戦、その日。
 宇宙番長は朝食をケロッグの『コンボ』とトースト2枚と軽くすませ、自宅を出た。
 世田谷から新宿までは遠い。
 宇宙番長はウォーミングアップを兼ねて徒歩で出掛けた。途中、商店街のおばちゃんに深海魚や鳥など色々なものを貰って腹も膨れ、会場に着くころには、宇宙番長の戦闘態勢は整っていた。
 新宿駅前に着くと、そこは既に人の山だった。
「宇宙番長だ!」
 誰かが宇宙番長の姿を見ると、一斉に歓声が沸き起こる。
 宇宙番長は、人垣を割って出来た道を通り、ゆっくりと通り、リングへと向かった。
 元・戦闘公務員鈴木 太郎は既に会場に来ていた。
「遅かったな、宇宙番長」鈴木のコスチュームはトランクス一丁である。
 しかし、改造された肉体は、まるで戦隊ヒーロー物のコスチュームのように嘘くさいデザインで、いかがわしい。
 リングの上には無数の空き缶やゴミが散らばっていたところを見ると、観客になじられていたようだ。

「ミラクル怪光線!」

 宇宙番長の放った虹色の光線はリングで仁王立ちになっている鈴木に激烈にヒットし、鈴木はひょっとするとふざけているのではないかと思えるほど妙な姿勢で倒れた。
 説明すると、最初の衝撃でよろめいた右足をかばうべく両腕を広げてバランスを取ろうと試みたのだが、それは無駄に終わって、それを素早く左足でカバーしたものの左足で右足を引っかけるような形になっため、両腕をバタバタさせながら「あぴぃっ」と変な悲鳴をあげて顔面から倒れたのである。無様。
「き、貴様……卑怯だぞ」鈴木は鼻血をだらだらと流しながら抗議する。
「反則は5カウントまでOKは日本人として当然の常識だ!」そうらしい。そうかなぁ。
 宇宙番長が宣言したところで、ちょうどゴングが鳴った。
「さっきのお礼はさせてもらうぞ!宇宙番長!」
 鈴木の両肩が展開し、内蔵されたミサイルポッドから多弾頭式炸裂弾頭ミサイル、略称『上野公園ミサイル』が発射される。
 宇宙番長は素早くリングサイドに駆け寄り、観客に話しかけた。
「おい、お前。名前は?」
「い、岩田っス」
「よし、岩田。お前、鳥のように空を飛びたいと思ったことはないか?」
「え?」
「いいか、良く聞け。今からお前は、ミサイルだ」
「ええっ?」
「くらえぇぇぇっ!岩田ァァァミサイル!」宇宙番長は、好青年岩田(18歳)を投げ飛ばした。
 一個の弾丸と化した岩田の肉体と愛国精神は上野公園ミサイルを貫通し、爆風に身を焦がしながら鈴木へと向かう。
 あっさりかわされた。
 勢い余った岩田の体は、新宿駅上空を通過し、そのまま何処へか飛び去った。
 さようなら、飛行青年岩田。
「貴様!人間の命を何だと思っているんだ!」
「俺は奴の夢をかなえてやっただけさ」宇宙番長は空を見上げながら言った。「見ろよ、あの青い空を。奴も本望だろうぜ……」

 そのころ、埼玉県川越市のデパート、丸広の屋上のヒーローショー会場では、悪の巨大企業の手による公開営利誘拐が行われていた。
「イーッヒッヒッ。子供たちはこの悪の秘密結社『ムサボリー』が頂いた!」『ムサボリー』の変造怪人ナショナル野郎は会場の子供たちを人質に取りながら叫んだ。
 しかし、突如として飛来した岩田ミサイルによってナショナル野郎は倒された。
 岩田はチビッ子たちの喝采を受けながら思った。俺はヒーローになろうと。
 彼はその後、爆竹戦隊ロケッターの赤ミサイルとしてデビューを果たすが、それはまた別の物語である。
 話を戻そう。
 宇宙番長と鈴木の激闘はまだ続いていた。
「食らえっ!」
  鈴木の指に内蔵された機関銃が乱射される。
「うひょーっ」
  宇宙番長はあわててそれを避ける。数十発の弾丸が観客席に向かって飛んでいったが、無数の怪我人を出したほかは何の被害もなかった。
「ちょっと待てぇ!試合をするって言うのに、その火力の差は何だ!」
  宇宙番長は激しく抗議する。
「何を言うか。これは私の自前、すなわち実力だよ」
「ほぅ。すると、自前なら何でもいいって言うんだな?」
「丸腰の君に、何が出来るというのだ?こざかしい」
「フッフッフッ。その台詞はこいつを見てから言うんだな」そう言うが早いか、宇宙番長はポケットのなかから一本のバットを取り出す。
「この『宇宙バット』は自前なんだぜ。何たって、俺の学ランのアクセサリーだからなァ」
「馬鹿な!明らかな反則だ!」
「なんなら審判にでも訴えればいいさ。もっとも、審判がいればの話だがな」
  ここで賢明なる読者諸君はお気づきのことかと思うが、この試合には審判もレフェリーも行司もいないのである。すなわち、反則し放題。
 ここに、形勢は逆転した。
 内蔵火器によって圧倒的火力を見せつけられた宇宙番長は一時的に苦しめられたが、秘密兵器『宇宙バット』の使用を解禁したことによって宇宙番長が優勢に立ったのである。
「ウヒャヒャヒャ。とりあえず死ねやっ!」
  ごいん、という何とも痛そうな音とともに、鈴木の肩に宇宙バットが炸裂した。
「ぐぅっ」
  鈴木は肩を押さえて膝をつく。
「秘打  白鳥の湖千本ノック
  ブルゴーニュ風!」

  宇宙番長は掛け声とともにバットで乱打するが、本当にバットで叩きまくるだけ。何がブルゴーニュ風かは大いなる謎だが、とにかく鈴木はダメージを受けていた。
 だが、鈴木もただサンドバッグになっているのではなかった。乱打のわずかな隙をついてバットを避け、回転しながら起き上がる。
「これでもくらえ!」
 鈴木の左手に内蔵された『男ドリル』が唸りをあげて宇宙番長へと向かった。
 宇宙番長の目が、ぎらりと光る。
「甘い! いいかんじカウンター!」
「馬鹿が! かかったな!」鈴木の顔に、確信の笑みが浮かぶ。
「何ィ?」
「いいかんじカウンター返し!」
鈴木は攻撃を止めた。
「しまったぁ!」
 いいかんじカウンターは、相手の攻撃をかわしてカウンター攻撃を行うものである。 すなわち、相手が攻撃をしなければ、ただのパンチ同然なのだ。
「さらばだ!宇宙番長!」
  鈴木は体を屈めて、宇宙番長のストレートをやり過ごす。そしてそのままの体勢から一気に伸び上がるように拳を突き上げた。

「国家権力アッパー!」

 説明しよう。国家権力アッパーとは、いいかんじカウンターを応用したもので相手の上段攻撃をしゃがんでかわし、その体勢からアッパーを繰り出す技である。
  なぜ国家権力かというと、鈴木は元公務員なので、強いもの=国家権力なのである。納得できない人がいるかもしれないが、本人がそう主張するのだから間違いはなかろう。そういうもんです。
「ぐわぁぁぁ」
  宇宙番長は10メートルほど、いやもうすこし少ないかもだいたい5メートルぐらい、そんなにないな50センチほどだ、とにかく吹っ飛んで大ダメージを受けた。
「クックックッ。カウンター攻撃さえなければ、俺の勝利は揺るがんのだよ」
 鈴木は叫んだ。
「今週の目玉ーっ!」
  鈴木の両胸が展開し、巨大な銃口があらわとなる。
「この必殺の『東京都庁なんか木端微塵にしちまうぜなんたってこいつはただの爆弾じゃないんだからなビビリまくりやがれこの野郎爆弾』を受けて、ズビャンズビャンに吹っ飛ぶがいい!」
  鈴木は内蔵されていた発射スイッチを押す。
「ポチっとな」
 そしてロケットモーターが点火され、強力無比の爆弾が発射された!
 そのころ、宇宙番長は宇宙バットをもって立ち上がっていた。
「まってたぜ!この瞬間を!」
「なにぃ?」
「爆弾は、攻撃を止めたりしないからなぁ。カウンターは、やりたい放題だぜ!」
 宇宙番長は宇宙バットを振りかぶる。

「必殺!宇宙ホォォォォムラン!」

 宇宙バットが東京都庁(中略)爆弾の信管にジャストミートした。ちなみに一本足打法である。
 その瞬間、やはりというか、当然というか東京都庁(中略)爆弾は大爆発を起こした。
「馬鹿め!木端微塵に吹き飛んだわ!」
 しかし、そうはならなかった。
 宇宙バットのスイングは、余りの鋭さのために真空の大断層を生み出し、風速120メートルの局地的突風を生み出した。
 と、同時に爆風はあおりを受けて反転し、観客、自動車、ポチ、その他大勢十把一からげに巻き込み、強力な熱風と罪もない人々が弾丸のように鈴木を襲った。
「うへぇぇぇぇぇぇっ!」
 爆風と観客 清水 明のドロップキック状体当たりによって鈴木の肉体はロープへと激突し、その反動で空中へと投げ出される。
 さらに、衝撃でロケットエンジンが誤作動し、鈴木の体は上昇を開始、高度一万メートルまで行った後、ジェット気流に乗って時速376キロのスピードを体感し、二日後に無事、南極大陸へとたどり着いた。

 そのころ、宇宙番長は一人、リング中央でたたずんでいた。
 観客は爆風によってどこかへと飛んでいってしまった。まるでSFXのようだ。
 新宿駅は壊滅寸前の打撃を受けたが、壊れたのは小田急のみであり、無数の負傷者を出したほかは何の被害らしきものもなかった。
 被害総額は10億円にのぼるものと推定されるが、人間は建物じゃないので被害額には含まれない。
 よかったよかった。
 というわけで、新宿に甚大な被害を及ぼした『アルタ前デスマッチ』は終わった。
 壊れた新宿の再建費は国家予算で何とかなることが判明したので、宇宙番長は世界征服基金の中からの出費が無いことに安堵した。
 小田急線の復帰には相当の時間がかかることが見込まれているが、線路が無事なので電車だけは走り、全然OKである。
 そして宇宙番長は、夕日のなかを悠々と自宅へ向かって歩ていった。
 その顔は、勝利への満足感に満ち溢れていた。

 なお、今回の闘いはテレビ放映され、視聴率76%を記録した。

 かくして国民的ヒーローとなった宇宙番長。
 だが、国民栄誉賞を奪い取るまで彼の闘いは終わらない。
 ゆけ!宇宙番長!戦え!宇宙番長!