shadow Line

第60話「秋雨の午後に」

 練馬。
 この街にも、雨は降る。
 傘が道を埋め尽くし、彩りを添えていく。往来に活気が絶えることはなかった。
 そしてこの男の飽くなき挑戦もまた萎えることがない。
 アンドロメダ番長。不屈の闘志と(概ね)不死身の肉体を持つ、永遠のチャレンジャー。
 そして今日も練馬奪取のため、練馬市役所へとなだれ込む。
「勝負だ宇宙番長!」
「駄目だ」
「なに?」
 予想外の答えにアンドロメダ番長は驚いた。
「今日は用事がある」
「言い訳なら聞かんぞ」
「公式的な用事だ。挑戦はそれからにしろ」
「会長。お車の用意が出来ています」
 アンドロメダ番長の背後から黒服の男が現れ、宇宙番長に告げる。
「ああ…………わかった」
 宇宙番長は黒服の男に促され、立ち上がった。
「どうする。お前もついてくるか?」
「よかろう」
 練馬市役所玄関前にはリムジンが停泊していた。
 明らかに公用車ではない。
「おい、宇宙番長………」
「宇宙征服基金の用だ。市長の仕事じゃない」
 確かに、ナンバープレートの部分は無名になっており、代わりに宇宙征服基金のエンブレムが張り付けられている。
「乗れ」と言ってから思いだしたかのように「って、お前の体格じゃ乗れないな。おい、トランクを開けてやってくれ」
「なに?トランクとはどういうことだ」
「お前、地球の規格外のサイズだろうが。地球の車は地球人専用なんだ。それでも乗りたきゃトランクにでも載せるしかないだろ」
「く、屈辱だ」
「悔しかったら小型化装置でも開発するんだな」
 しかし、このときの発言を悔しがったアンドロメダ番長が、後に私財をなげうってアンドロメダ星人用肉体小型化装置を開発したのはまた別の物語である。
 トランクに不気味な生き物を押し込めたリムジンは静かに走り出した。

 トランクに載せたアンドロメダ番長が雨によってずぶ濡れになるのをまるで無視し、リムジンは走り続けた。
 アンドロメダ番長の体毛は雨に濡れたせいで全身に張り付いており、そこからくちばしと眼が覗いている姿は如何なる怪獣よりも恐ろしい姿である。
 その姿に驚いた一般車両がハンドリングを誤って事故を起こしまくり、リムジンの後ろが大惨事になっていたがいつものことであるのであまり気にしなくても大丈夫。
 一台に気を取られているとほらまたぶつかって玉突き連鎖爆発炎上大損害、といった具合。こういうときは冷静に避けていくべきである。と思った側から前の車両が急ブレーキして玉突き。もうこうなると目も当てられないが、話には何の関係もないので気にしてはいけない。
 とうのアンドロメダ番長は、何故後続の車両が次々と事故を起こしていくのかを全く理解できなかったが、それはそれでとても幸せなことである。
 本人は、練馬市長の乗ったリムジンということで、驚いて事故を起こしているのか、ぐらいにしか感じていない。ここで真相を話すとアンドロメダ番長は傷つくに違いないので、そっとしておくのが賢明。
 そんなわけで都内を走ること数十分。
 リムジンはようやく目的地にたどり着いた。

 広大な敷地には、一面に磨き抜かれた花崗岩の碑が立っている。数にして、恐らく1000は超えているだろう。中には風蝕によって、表面が摩滅しているものさえ有る。小雨に濡れたそれらは畏怖とも取れるような輝きを当たりに散らしていた。
「これは?」
「墓だ。俺を支える人間達の、な」
「こんなに…………たくさんの人間がか?」
「正確にはそうじゃない。結果として俺を支えている、という方が正しいな」
「ふむ」
「宇宙征服基金総帥としての役目だ、一年に一度、ここを訪れるのは」
「けじめか」
「そうじゃないが…………意味は同じだな。俺はこいつらがどんな人生を歩んできたか、どんな仕事をしてきたか知らん。
  こいつらは遙かなる過去、有史以前より練馬のために心血を注ぎ、命を燃やしてきた。
  非公式ではあるが、地球人以外の奴らも結構いる。
  或る意味、こいつらこそが真に練馬のために戦ってきた者とも言えるな」
「宇宙征服基金には、そんな秘密があったのか………」
 アンドロメダ番長は宇宙征服基金をただの多国籍企業ぐらいにしか考えていなかった。
 なぜなら彼自身も、アンドロメダ星系にいくつもの企業を抱えており、そこで得られる利益がアンドロメダ番長の生活だけでなく、様々な医療、技術、データを提供しているからである。それは各星系を束ねる番長達にはごく当たり前の事実でもあった。
 ゆえに、宇宙征服基金もそうしたバックアップのためだけの企業と考えているのは至極当然の成り行きとも言える。
  このような、個人のための組織では無くある特定地域のためだけの支援企業というのは極めて異例とも言えるものであった。
「だから俺は負けるわけにはいかんのだ」
「何故、そのことを俺に話す」
 宇宙番長は空を見上げた。
 雨は霧雨になり、柔らかく降り注ぐ。
「そんな気分だからな。国籍、理想、主義主張を超えてこいつらは戦ってきた。そして練馬のために生きた。お前もそれを知っておくべきだと思ったのさ」
「だが、知ったところで俺は手加減などしないぞ」
「当たり前だ。俺がお前なぞに負けるものか」
「言ったな!」
「なんなら証明してやろうか?」
「望むところ…………いや、やめておこう」
「どうした。怖じ気づいたか?」
「バカ。こんな話を聞いた後でそんな気になれるか」
「甘ちゃんだな」
「お前もな」
 アンドロメダ番長の言葉に、宇宙番長は顔をしかめた。
「戦いとなれば、俺は誰にも手加減などせん。街が壊れようと被害額がいくらになろうと、俺は練馬とこの世界を守る」
「いい心がけだ。それだけ聞いてるとな」
「どういう意味だ」
「お前、自分の勢いで行動するときがあるだろ。ありゃあ宇宙征服基金にも迷惑なんじゃねぇか」
「なにおう。俺はいつだって正義のために活動してるぞ」
「安っぽい、といってるんだ。もっと冷静に状況を判断してだな」
「ええい黙れ黙れ。調子に乗りやがって」
 宇宙番長は拳を握りしめ、アンドロメダ番長に襲いかかる。
 アンドロメダ番長は片手でそれを制した。
「それだ。それが悪いんだ」
「ぐぬう」
 鋭い指摘に宇宙番長は言葉に詰まる。
 こいつ、ただのミジンコゴリラだと思ったらなかなか鋭いじゃねぇか。
 などと、失礼なことを思う宇宙番長。
 人は見かけによらない。
 アンドロメダ番長は実はインテリなのである。地球人の感覚からはとてもそうは見えないのだが、アンドロメダ星系では屈指の頭脳の持ち主であった。
「まぁ俺はお前のそんなところが好きだがな」
 微笑んだつもりなのだが、怪獣が吠えたようにしか見えない。
 アンドロメダ番長の言葉に、思わず一歩引く宇宙番長。
「き、気持ち悪い奴だな。俺は男と愛し合う趣味はないぞ」
 地球人のごく普通の感覚から考えれば当然の反応だった。男と愛し合う前に、アンドロメダ星人の容姿は地球人の美的感覚にマッチしない。
「誰が愛してるなどと言った。好意という意味だ」
 アンドロメダ番長も憤慨する。
「お前に言われると好意という言葉も嫌だ」
「なんだと?人種差別しやがって」
「差別するのはお前だけだ」
「何?美男子差別か」
「ああ、そういうことにしておいてくれ」
「可哀相に。まぁ、おまえの顔も生まれつきだから仕方ないな。欠点というものは誰にもある」
「ぬぐぐぐぐぐぐ」
 自分が美男子でないとしても、こんなミジンコみたいな顔をした奴に言われるのは宇宙番長のプライドが許さなかった。

「墓石クラッシュ!」

「ぐわっ」
 花崗岩の墓石に顔面を叩きつけられたアンドロメダ番長は悶絶する。

「ナニヲスルッ」

「隙があったからだ」
 無茶苦茶なことを言う宇宙番長。
「お前、隙があると誰にでもそうやるのか」
「いや、たまたまだ」
「クックックッ。そうかたまたまか」
 笑いながら、アンドロメダ番長は素早いボディブローを宇宙番長に食らわせた。
「おぐっ」
「そんな都合のいいたまたまがあるかっ」
「フッフッフッ。俺はこの墓石に誓って、どんな手段を使ってでも勝つ!」
引き抜いた花崗岩の墓石をアンドロメダ番長に投げつける。
「痛ッこの罰当たりめっ」
「馬鹿め、死人に口なしよ!」
 調子に乗って次々と墓石を叩きつける。

「オラオラオラオラオラウヒャヒャヒャヒャ」

 状況的に見て明らかに宇宙番長の方が悪者だったが、実力も宇宙番長の方が上なため、アンドロメダ番長は為すすべもなく墓石で撲殺された。
 いや、本当は死んでいないのだが、普通の人が見れば、死んだと思うぐらいまでに殴られた。
 使用した墓石の数は262個。うち、8割以上が使い物にならなくなった。 
「コラーッ」
 遠くで、老人が杖を振り回して走ってくる。
「チッ。管理人だ」
 残骸と化したアンドロメダ番長を掴み、無理矢理トランクに押し込む。
「よし。出してくれ」
 一部始終を目撃していたとはいえ、一応の雇い主である宇宙番長の命令にやむなく車を走らせる運転手。
 かくして、宇宙征服基金総帥による法事は波乱の内に幕を閉じた。

 もちろん、墓の管理人から、後で請求されたのは言うまでもない。

 雨はやんでいた。
 トランクから引きずり出されたアンドロメダ番長はかろうじて生きており、いつもどおり数分で復活。
「滅茶苦茶にしやがって」
 そう呟いたのはアンドロメダ番長である。
「しみったれたのは無しだ。こいつらも、拝んで欲しい訳じゃないだろうしな」
格好いいことを言っているが、誤魔化そうとして必死なのは言うまでもない。
「しかたない」
 半分潰れた体を引きずり、アンドロメダ番長が踵を返す。
「何だ帰るのか」
「興ざめだ。その命、次まで預けておくぜ」
「ふん。よく言うぜ。お前こそ命拾いしたな」
「フフフフフ」
「ハハハハハ」
 ひとしきり笑った後、お互いに真顔になる。
「じゃあな」
「ああ」

 そして二人の男はまた次の激闘の予感を抱きつつ、別れた。

 かくして宇宙征服基金の行事を終えた宇宙番長。
 しかし、このあと宇宙征服基金の役員説教が待ってるぞ。
 被害額を抑えつつ程々に
 行け!宇宙番長!戦え!宇宙番長!