shadow Line

第53話「宇宙番長VSブラッククロス」

 12月25日。 
 ここ東京もまた、クリスマス一色である。 
 その色鮮やかな街の明かりの中でただ一つ、闇かと思うような黒い姿が街を彷徨っていた。 
 不審者か? 
 悪魔か? 
 それともドイツの伝承にある黒いサンタか?

 言わずもがな、宇宙の支配者・宇宙番長その人である。 

 ほうきのように逆立てた髪に黒い学生服。 
 筋骨隆々とした肉体から発せられる憂鬱なオーラは、街の明かりを蝕むかのように重く濁っている。 
 宇宙番長はただひたすら不機嫌であった。     
 理由はいくつもある。   
 不景気を理由にボーナスが減額になったこと。 
 さらに練馬防衛のために散々町を破壊しまくったので、罰としてボーナスそのものが消滅したこと。 
 その事によって密かに楽しみにしていた女子プロレスラー養成恋愛育成シミュレーションゲーム「ムキムキメモリアル ~今夜はSTF」が買えなくなったこと。 
 だからといって女の子と遊ぶ予定もなく、そもそも宇宙の支配者なのに宇宙番長には恋人がいないので独身まっしぐらである。 
 そんな心境の男性が、まるでピンクに染まったかのような街に出たらどうなるのか? 
 東京が瓦礫の山と化していないのは、ひとえに宇宙番長の強い克己心によるものである。 
 いうなれば、爆発寸前の不発弾。 
 せめてケーキでも食べなければやってられない。そう思って街に出ては来たものの、街は想像以上に浮かれていたため、非常に居心地が悪く、しかも腹正しくもある。 
 未だにケーキを手にしていないのは、一人で1ホール食べるか、それともひと切れだけで済ますか、まだ決心が付かないからだ。 
 そんな迷いと葛藤を抱えたところに浮かれて余所見をしていたカップルがぶつかろうものなら。 
「ダークネス宇宙パンチ!」 
 せざるを得ないというものである。 
 さて、ここで解説しておかねばなるまい。ダークネス宇宙パンチとは、大気中に漂う嫉妬心を拳に収束させて叩き込む暗黒の必殺技で、肉体的ダメージに加え、負のエネルギーで気力さえ消失してしまうと言う恐ろしい技である。そしてその破壊力はクリスマスとバレンタインデーに最大となるのだ! 
 そこに込められた負の情念は黒いオーラとして視認できるほどで、殴られた男は44回錐もみしながらビルの屋上まで飛んでいった。 
 しかし宇宙番長は紳士なので女の子は殴らない。どうしても攻撃しなければならない場合にはビームを使用します。 

 というわけで、マナー違反のカップルに教育的指導を施しながら街をさすらう宇宙番長。 
 人前で抱き合っていたカップルは倫理上よろしくないので、ガムテープでぐるぐる巻きにしたうえで子供の目につかない場所に安置した。 
 八つ当たりではない。公衆衛生を守っているのだ。 
 その甲斐あってか、街は平穏を取り戻しつつあった。 
 人混みは幾分静かになり、宇宙番長の心にも余裕が生まれ、ケーキについての悩みも心の中で解決した。 
 1ホール丸ごと食べよう。 
 そう結論づけたが生クリームかチョコレートにすべきかまた迷う。 
 人は迷いながら生きる生き物であり、人の営みというものは悩みの果てに紡がれるタペストリーのようなものだ。 
 などと詩的なことを思いつつも、ここに至って街の静けさに異変を感じ取る。 
「なんだ……この違和感は」 
 街が静かなのは宇宙番長の治安維持活動によるものではなかった。 
 人が減っている。まだ8時を過ぎたばかりだというのに、これほどまでに人通りが減るとは考えられない。 
「何かが起こっているようだな」 
 宇宙番長の目は狩人のそれとなった。 
 平和を乱すカップルと悪は許さない。 
 宇宙番長は探索を開始した。

 というわけで不審人物を73人ほど殴り飛ばした後で、ようやく本当に怪しそうな相手を見つけた宇宙番長。 
 今まで殴った奴らは勘で怪しいとにらんでいたが、発見した男達は見た目からしても不審人物だ。もちろん今までの男達も十分に怪しく、追いかけたら逃げたので明らかに怪しいと言うことで先手必勝で殴っておいたが、この男達は追いかけるまでもなく怪しい。 
 何せ黒い覆面をしている。 
 髭を生やしていないサンタクロースぐらい怪しい。もちろん殴った73人の中には髭を生やしていないサンタクロースの格好をした不審な男も混ざっていたが、本物でないことはちゃんと確認したので安心である。 
 宇宙番長は怪しい男3人組の前に立ちはだかった。 
「どうやら街の異変は貴様らの仕業らしいな」 
「お、お前は宇宙番長!」 
 3人組の男達は明らかに動揺する。 
「その驚きぶりからすると図星のようだな」 
「ま、待ってください! われわれは秘密結社ブラッククロスの者です」 
 公衆の面前で名乗っているので秘密もへったくれもないが、ここは大らかな心で流してあげるのが大人のマナーである。この際、覆面も見なかったことにしておこう。ブラッククロスという怪しい名前も受け止めよう。 
 世の中には「もうちょっと考えて名前つけよう」と思うような会社や団体がたくさんあります。 
 ブラッククロスの男達は弁明を始めた。 
「私たちは日本の現状を憂えて活動しているのです。この覆面は、個人ではないと言うことの証です」 
「貴様らは一体何をしている。返答次第では病院のベッドでクリスマスを過ごして貰おう」 
「クリスマスで浮かれるのは構わない……しかし、最近の男女が街で破廉恥な行為に及んでいるのは健全とは言い難い。我々はその現状を変えたいと思っているのです」 
「ふむ」 
 宇宙番長は納得した。 
「私たちはある装置を使ってその実験をしているところです。まだ名前は付いていませんが仮称でノスタルジー発生装置とでも言いましょうか。東京タワーに設置されたそのノスタルジー発生装置によって人々は心の底にある大切なものを取り戻し、目先の性欲にとらわれることなくクリスマスを祝うことが出来ます。街から人が減ったように見えるのはそのためです」 
 人心を惑わす装置というところが気になるが、今起きている事態にはぴたりと符合する。 
「貴様らの言い分は判らないでもない。怪しい風体は気になるがその主張は認めよう。街を健全化するなら協力は惜しまん」 
 地上最強の秘密結社ネオブラッククロス誕生である。 
 彼らが憎いのは聖夜ではない。カップルなのだ。 
 公衆衛生の健全化、それもまた宇宙の支配者・宇宙番長の役目であった。 
「判っていただけましたか。宇宙の支配者が賛同してくれるとなれば心強い」 
「この荒んだ世に家族の団らんは必要だからな。目障りなカップルが減り、皆が家で慎ましくクリスマスを祝う……それが「和の心」というものだ」 
 ちなみにクリスマスが普及したのは明治以降のことである。クリスマス団らんが和の心かどうかは専門家の検証が待たれるところだ。 
「ごらんのように装置は順調に稼働しており、いま試験運転が終わったところです」 
「まもなく関東全域を影響下に収めるでしょう。効果が実証されれば、いずれは全世界で導入されることになります」 
 ブラッククロスの男達は自慢げに言う。 
 宇宙番長はうなずき、ベンチに腰掛けた。 
「面白そうだ。見物させて貰おう」 
「えっ? いや、お忙しいのにこのような瑣末なことにつき合わせては……」 
「まあ気にするな。今日は非番だ」 
 街の治安維持はボランティア活動である。 
「そう仰るのでしたら……」 
 気になるそぶりを見せながらも、ブラッククロスの面々はリモコンやらノートパソコンやらで何かを設定する。 
 待つこと十数分。 
 果たして装置は本格的に稼働を始めたようだった。 
 まるで潮が引くように街からは人が減っていく。 
 機械の力を借りなければならないというのは不満の残るところではあったが、塾帰りの子供達も多いのである。大人の風紀の乱れを子供に伝播させないためにはやむを得ない処置と言えよう。 
 宇宙番長は無表情にその光景を見つめていた。 
「実験は大成功です」 
「そうだな」宇宙番長はたちあがった。「これでわかった。この装置、ノスタルジー発生装置などではないな」 
「なに?」 
 わずかに後ずさるブラッククロスの面々。 
 宇宙番長は自分の直感が正しかったことを知った。 
 人が減っているのが問題なのではない。 
 本来なら一緒に帰るべき人間でさえも離れている事実。それが違和感の正体だったのだ。 
「親子でさえ別々になるあの装置、狙いはすべての人間を強制的に孤独にする装置とみた」 
「な、何を証拠に」 
「俺と、お前たちだ。俺たちはともに孤独な存在・・・・だが真に帰宅を促す装置であるならば俺たちもまた家に帰りたくなって仕方がないはず。だが宇宙最強の俺はともかくとしてお前たちでさえそうでないとすれば、当然の帰結だ」 
 それはまさしく聖夜の奇跡! 
 宇宙番長が珍しくまともな推理をしている! 
「どうやら気づいてしまったようだな」 
 ブラッククロスの面々はその本性を剥き出しにした。 
「こんな事をして何が目的だ」 
「われわれは世界最高レベルの頭脳を持っている。だがしかし、そのために犠牲にしてきたのは何だ?  われわれは過酷な受験戦争に勝ち残るべくその青春のすべてをささげた。
  だがそこに残ったのは、勉強だけでろくに女の子とも付き合うこともできない、ひ弱な大学生だったさ」 
「われわれはカップルが憎い! 存在するだけで無意味な敗北感を我々に与える彼らを抹消しない限り、われわれに希望はないと!」
 秘密結社ブラッククロスの正体……それは女の子と付き合う方法が判らずに暗黒の青春のまま卒業を迎えようとしていた大学生だった! 
 頭のいい人の論理の飛躍ぶりは時として凡人にはわからないものである。 
 ともかく自称秘密結社ブラッククロスの創立者たちはそのような結論に至ったらしかった。 
 覆面は事がばれたときに退学にならないようにするためのものである。 
「つまりは私怨か。フフ、こんなつまらないことさえすぐ見抜けないとは。どうやらこの俺も聖夜で少々浮かれすぎていたようだぜ」 
 宇宙番長はそう言い放ち、ブラッククロスに相対する。 
 どちらかというと浮かれると言うより妬んでいたほうだが気にしてはいけない。 
 秘密結社ネオブラッククロスが誕生したようなのは気のせいだったのだ。宇宙番長は骨の髄まで正義の使者だった。 
「無駄なことはやめろ、宇宙番長。もはや計画は動き出した。誰にも止められん」 
「はたしてそうかな? まあ細かいことはお前らをぶちのめした後で考えよう」 
「暴力で解決か、野蛮人め」
 ブラッククロスの一人、池田 豊はポケットからスプレー缶を取り出し、宇宙番長に向ける。
「この我々の科学力を結集した超抗張力高分子粘着液剤噴霧器・通称『粘るんです』は散布した薬液が大気中の水分と化合して高分子のポリマー被膜を形成し」 
「宇宙キック!」 
「ぶべらっ!」
  戦闘中に長文で解説することは死を意味する! 
「ひどい! まだ喋ってる途中なのに!」 
「宇宙キック!」 
「はごっ!」
 そして戦場で生き残ることが出来るのはその教訓を活かすことが出来たものだけ! 
  一方3人目の林 真一郎は喋るより先にスプレーを噴霧した。 
「むっ」 
 噴霧された粘着性の液体は宇宙番長の上衣に付着し、瞬く間にその動きを封殺する。 
 宇宙番長の全力を持っても容易に引きはがせない。  
「見たか、この威力」 
「なるほど、思わず長文で解説したくなるだけのことはあるな。だが……」 
 宇宙番長は上着を脱いだのであっけなく拘束は解けた。 
「くっ! 量が少なかったか」 
「この俺の学ランを脱がせただけでも褒めてやろう。だが二度は通じないぞ」 
「馬鹿め。上着が無くなれば次を防ぐ手立てはあるまい」 
 確かにスプレーの散布界は広く、肉薄するにしてもその範囲から逃れるのは難しい。 
 絶体絶命の危機かと思われたが宇宙番長は余裕の表情を崩さない。 
「やってみるがいい」 
「食らえ……なにい!」 
 宇宙番長の両手には戦闘中にいちゃついていたカップルが! 
「アベックシールド!」 
 解説しよう! 
 アベックシールドとは手近なカップルを使って敵の攻撃を防ぐ技である! 
 その最大の利点は二人いるので防御面積が広く、また一人だと逃げられやすいがカップルの親密度が高いと相手を見捨てにくいので必然的に二人確保できることである! 
 偽ノスタルジー発生装置の影響下にあっても離れないこの2人を盾として選んだ宇宙番長の目に狂いはなかった! 2人の結びつきは装置の電波などに負けはしなかった! まさに盾としてうってつけである。 
 ちなみに、普通の戦闘では致命的なダメージを受けることはないため滅多なことでは使わない技だが、真剣勝負の最中に目障りだったので迷わず実行した。 
「見たところ、その粘着スプレーの量はたいしたことはないようだな。尽きる前に俺の動きを止めなければ倒されるのは貴様と言うことだ」 
「うっ……おのれっ」 
 林は宇宙番長に向けて必死に噴霧するが、それらは全てカップルシールドの前には無力同然だった。 
「愛という強い結びつきの前には、お前達のような小手先の科学など通用しない」 
  言っていることは格好いいが盾にされている方はたまったものではない。 
「あ、あのー」 
 勇気を振り絞り勝手に盾にしないで欲しいと抗議しようと思ったのだが、宇宙番長の目には殺気がアリアリと浮かんでいたので黙って盾になることにした。 
 ちなみに女性のほうは早々に口がふさがっていたので喋れなかった。 
 とはいえ、意図せずして密着していられるのだからこれはこれで割と幸せな状況ではないだろうか。 
 盾となっている男女に粘着物を吹き付け続けるという空しい光景が5分ほど続いた後、ついに「粘るんです」の液剤が尽きるときが来る。 
「どうやら弾切れのようだな」
 宇宙番長は用が済んだカップルシールドを男が下になるように投げ捨てると改めて林に向き直った。
「さあ、神にでも祈れ」 
「ま、まて! 反省してる! 改心もするから!」 
 林は空になったスプレー缶を投げ捨てると、恥も外聞もなく許しを請う。 
「今更命乞いか。フ、しかし今日はクリスマスだからな……あまり騒々しくするのも良くないか。よし、もう少し右に寄れ」 
「み、右ですか?」 
「そうだ。もうちょっと右だ」 
「こうですか?」 
「よし」 宇宙番長は頷くと、その場で飛び上がった。 
「宇宙キック!」 
「ほげえ!」 
 絶妙の角度で蹴り飛ばされたブラッククロス幹部 林 真一郎は、くの字になったままパン屋『きらきらデイドリーム』のたまたま開いていた窓から突入してそのまま反対側に蹴り飛ばされ、店内を横断して裏道の燃えるゴミ置き場へと埋没した。 
 林が位置を調節したことによって窓ガラスを突き破らずにすみ、「きらきらデイドリーム」では結果として無用な混乱を引き起こす事なく決着を付けることが出来た。戦いの最中でも思いやりを忘れない宇宙番長の心意気である。 
 もちろん悪は絶対に許さないので手加減などはしない。 
 店主の蛇光院 しげるは吹っ飛んで行く林の姿を見て姿をみて『三日月シュトーレン』という新商品を考案。翌年の大ヒット商品になったがそれはまた別の物語である。 
「貴様らごとき、拳を使うまでもない」 
 宇宙番長は静かに言った。 
 なお宇宙キックは宇宙パンチの四倍の威力である。 
 こうしてブラッククロスの幹部は全て倒された。幾人か尊い犠牲は出たが死んでないので安心だ。 
 だが倒れた1人はまだ気を失っておらず、宇宙番長に向けて嘲りの言葉を吐く。 
「フフフ……もう手遅れだ、宇宙番長。あの装置は誰にも止められない。すべての人間は我々と同じような孤独を味わうことになるのだ」 
「あんなガラクタ一つで勝った気になっているのか? ならばそこで敗北を目に焼き付けるがいい」 
 いつもの事ながら悪役のような台詞を言い放つと、宇宙番長は眼前で腕を交差させた。 
「宇宙ビーム!」 
 宇宙番長の両目から放たれた真紅の光線は眼球の水晶体を(中略)によって絶大な貫通力を持つ。 
 東京タワー頂上に設置された偽ノスタルジー発生装置は、破壊光線を受けてサイズに見合わぬ大爆発を起こし消滅した。 
 装置そのものは超ジュラルミン風合金に覆われ極めて堅牢であったことに間違いはないが、そのようなものは宇宙番長の光線の前には無力に等しい。 
「馬鹿な……部費をやりくりして作ったのに……!」 
 全精力と青春を傾けた装置を破壊され、気力の絶えた池田は倒れた。 
 この爆発によって東京タワーがちょっぴり短くなったのは公然の秘密であり、もちろん後で直させたから何の問題もなかった。 
 アフターケアは万全である。 
 ここに秘密結社ブラッククロスの野望は潰え、街には平和が戻った。恐るべき相手ではあったが、頭は良かったものの戦闘にはめっぽう弱かったのがその敗因である。 
 一方、東京タワーに観光に来ていた人々は突然の爆発騒ぎに騒然となったがこれは不可抗力。気にしてはいけない。死人や怪我人が出なかっただけマシ。ちょっとでかいイルミネーションが上で炸裂したと思っておおらかな心で受け止めよう。 
 なお、装置が破壊できなかった場合は「穴掘って埋めよう」とおぼろげながら考えていたが、埋設予定地の地下には都営大江戸線が走っていたので、一交通機関を麻痺させずに済んだ意味でもよかった。 

 この日、宇宙番長の公衆衛生健全化活動は深夜まで続き、途中で警官隊との壮絶な格闘戦などニュースでも取り上げられてちょっとした騒ぎとなったが、成果としてカップル38組の矯正に成功した気がしないでもなかった。 

 こうして聖なる夜を守り抜いた宇宙番長。 
 だが彼の飽くなき挑戦と戦いは終わらない。 
 街で暴れたのでこの後警視総監からの説教が待っているけど 
 行け、宇宙番長! 戦え、宇宙番長!