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第46話「宇宙番長対爽やか三太」

 その日、宇宙番長は訳もなくイラついていた。
 生理ではない。彼は男だ。
 なぜこんなにイライラするのだろう。昨日、街のゲーセンの対戦でボロ負けしたからだろうか。しかし、あれはゲーセンもろとも対戦者をミラクル怪光線で撃退したので解消されたはずだ。
 それとも自動販売機に金をいれたら食われたからだろうか。しかしあれも宇宙パンチで制裁したところお詫びの缶ジュースとともに戻ってきたはずだ。
 犬の糞を踏んだからか。あれも確か半径1キロ以内のすべての犬にカウンターをたたき込んで解決したはずだ。
 よくよく考えてみると、ここ最近ろくなことがないではないか。
 何故だ。俺に落ち度はない。
 悪いのは世の中だ。
 というわけで、とりあえず宇宙番長は多摩川へ向かった。
 なぜ多摩川かというと、今日は「多摩川の納涼花火祭り」であり、激・甘党の宇宙番長が屋台のバナナチョコのヤケ食いをするためである。
 しかし、美しい花火を見て心を慰めようという気持ちがあったのも確かであった。
 事実、打ち上げられる花火は小規模ながらも美しく、川面にうつったその像も幻想的で情感を誘う。
 両手一杯のバナナチョコを頬張りながら宇宙番長はその光景に見とれていた。
 もっと岸のほうへ行こう。
 そう考えて宇宙番長は屋台から離れて川岸へと歩いていく。
「見ろよ、あの花火。きれいだなぁ」
「うん、そうね」
「でも君はもっとすてきだぜ」
「えっ?やだぁ孝司くんたら」
 その河川敷沿いに愛を語り合うアベックが意味もなく宇宙番長の逆鱗に触れる。
 肩を抱いたアベックの片割れ、黒沢 孝司の頭を宇宙番長は鷲掴みにする。
「貴様、そんなに花火が好きか。よかろう、そこまで俺が連れていってやる」
 黒沢を無理やり引き起こし、宇宙番長は投擲体勢に入った。

「おりゃぁあああっ」

「ひーっ」投げ飛ばされた黒沢は仰角30度の放物線を描き、17回転をしながら顔面から多摩川のなかに沈没した。
  痛い。これは痛い。なんといっても水面に顔面から突っ込むと鼻血が出ることがあることがあるほど痛いのである。
  ちなみに水中で出血すると赤血球が浸透圧の差で破裂し非常に綺麗な赤色となって拡散するが、今回黒沢は鼻血が出なかったので赤血球のトミーとナンシーは無事天寿を全うすることが出来たが、これは後の物語である。
 ともあれ、その後も宇宙番長はアベック残りの水島、たまたま側にいた女子高生の三原優子などを意味もなく川へ放り込んだ。
 やられるほうは全くもってたまらない。たまらないのだが、やっぱり川に放り込まれた。
 だがその程度で宇宙番長の猛威が収まるはずもない。目につくもの、動くものはすべて多摩川へとたたき込む。猫であろうと犬であろうとコアラであろうとミジンコであろうと。良く考えるとミジンコは水棲生物であるが気にしてはいけない。水中のミジンコを捕まえて再び水に投げ込むという、それぐらいの勢いがあったのだ。
 祭りで浮かれた人間は遠巻きにそれを眺めていたが気がつくと宇宙番長に投げられ宙を舞っていることもしばしばである。
 そのまま祭りが阿鼻叫喚の地獄絵図に変わるかと思いきや、そうはならなかった。
 川に飛び込むのが意外に快適ということに気がついたのである。
 しかも、10メートル以上投げ飛ばされるのでスリルも満点であった。
 いつのまにか一大アトラクションと化した宇宙番長の凶行が大きな人だかりを生み、 人々にスリリングな一夏の体験を提供することになっていた。
 もちろん、宇宙番長は自分が利用されていることに気づいていない。

 「なんだ?いったい何の騒ぎだ?」越後屋 三太は呟いた。
 今日は祭りのある日ではないはずである。
 この一帯の祭り一切は、三太の家が仕切っていた。まぁ、テキ屋みたいなものである。祭りのトラブルや細かな取決めは彼の領分であった。
 しかし、今日ここで行われているこの人だかりに関しては、何の相談もされていなかった。
「まさか………何かのトラブルが?事件か?」
 三太はサンダルのまま走りだした。
 そこで彼が見たのは、逃げまどう人々を意味もなく川へ投げ込む宇宙番長の姿であった。

「おりゃーっ」

 近所の小学校に通う森野 博は今、川に向かって一直線に飛んでいた。
人生始めての危機に、これまでの出来事が走馬灯のように蘇る。
 宿題を忘れて先生に怒られたこと。幼稚園のときに好きな女の子にふられたこと。ブロック塀で遊んでいたときに落下して頭を三針も縫ったこと。動物園で猿に馬鹿にされたこと。
 ろくなことがないが、子供のころの思い出などこの程度のものである。
「たぁっ」しかし、間一発割り込んだ男によって森野少年の命はとりあえず救われる。
 宇宙番長の目の前に立ちふさがったのは、言わずと知れた越後屋 三太である。
「貴様!こんな子供の命まで奪おうとするとは……何者だ!」
「俺か?俺の名は宇宙番長!宇宙の支配者だ!」
「宇宙番長………嘘をつくな!彼がそんな奴のはずがない!お前は偽者だ!」
「なんだと?」
「宇宙番長の名を下げようとし、あまつさえ罪もなき人々の命さえ奪わんとするその所業……許しがたし!この越後屋 三太が相手だ!」
「なんだとぅ。越後屋などという悪党の名前からして貴様こそ悪者ではないか」
 むちゃくちゃな論理を展開する宇宙番長。
  しかし、時代劇における悪党の代名詞は越後屋であり、あながち宇宙番長の言うこともでたらめではなかった。越後……現在で言うところの新潟県である。果して新潟県民にそんなに悪者がいたかどうかは定かではないが、幼少のころ旅先であった老婆はろくでなしだった。
  老婆のなかですらろくでなしが存在するのだから、若者のなかには真性のろくでなしが混ざっていてもおかしくはない。
 というわけで、越後屋=悪という図式が成り立った現在、宇宙の支配者としての宇宙番長の正義感に火がついた。
 違うのに。
「ぐぐぅ……」越後屋三太は歯噛みする。
 事実を言い当てられたからではない。昔から彼は越後屋という名字のせいで散々にいじめられたからである。越後屋=悪という図式を払拭すべく善業を積んだ彼にとって、その事に触れられることは耐えがたいことであった。
「貴様のような破廉恥漢はこの俺が成敗してやる!」
「よかろう!来………」

「鉄拳パンチ!」

 越後屋 三太は一方的に宣戦布告した後、宇宙番長に向かって必殺のパンチを放つ。
「ぐはぁっち」宇宙番長は不意をつかれ、大きくのけ反った。
 三太はすばやく宇宙番長の背後に回り、腕を宇宙番長の腰に回してがっちりと掴む。そしてそのまま大きくジャンプした。
  さらに上空でくるりと向きを変え、さながらバックドロップのような態勢で降下する。これこそ越後屋 三太の必殺技、『イナズマ天誅』である。

「成敗!」

 はたして宇宙番長は脳天から大地に叩きつけられた。
 頭部の一部がめり込み、宇宙番長は地に縫い付けられる。だが、宇宙番長の口から漏れたのは苦悶の呻きではなく笑いだった。
「クックックッ……」
「なにがおかしい!」
「生憎だったな。俺の髪は鋭く、そして何よりも固い。脳天直撃系の技は俺には通用しないぜ!」
 そう。宇宙番長の鋭く尖った毛髪は宇宙エネルギーを収束するアンテナであり、その影響によってムース無しでもバッチリのフィーリングッドなヘアースタイルをかもしだしているのであるが、じつはダイヤモンドよりも硬くなるその髪を洗うことに宇宙番長が苦労していることは内緒である。
「だが、その状態では動けまい!食らえ!鉄拳パンチ!」
「甘いな。この俺が何の策も労じないとでも思ったか」
 そういうがはやいか、宇宙番長の体は突き刺さった髪を中心にゆっくりと回転を始める。

「超大回転!
 ミラクル怪光線乱れ撃ち!」

 虹色の怪光線は越後屋 三太だけでなく、屋台、一般市民、及びその住宅を木端微塵に破壊した。具体的に描写すると、まず始めにタコ焼きとかき氷の屋台の上部の屋根と鉄板、かき氷セットを破壊した。次に一般市民が13人ほどミラクル怪光線の直撃を受けて川にたたき落とされた。そのあと越後屋 三太にヒット、撃退し、勢い余った光線は会社員加藤 裕司の後頭部に命中、若干の毛髪を消滅させ円形の脱毛部分を発生させた。
  その他の方向に飛び散った光線はというと、これまた源氏物語全巻に匹敵するほどの様々なドラマを生み出しつつ住宅を破壊しまくった。
 これによって多摩川沿いの地域は未曾有の大混乱を迎えたのだが、はっきりいってこれは天変地異に近いものであり、こんなところに家を建てる奴が悪いのである。たぶん。
 そんなわけで戦いは終わった。
「くっ……俺が負けるとは…………さすがは宇宙番長」
「フッ。お前もなかなかのもんだぜ」
「今日ほど充実したことはなかった。負けても、こんなに清々しいとは」
「いい戦いだった。また、お手合わせ願いたいな」
「もちろんだとも」
 かくして彼らはお互いの手を握りあい、友情を育んだ。

 その後、完璧に破壊されまくった多摩地区は、政府の公共投資によって目ざましい復興を遂げ、経営悪化状態にあった地元建設会社は大いに活気づいた。
多摩川沿いでは毎年の恒例行事として「納涼多摩川沈没祭り」が催されることとなったが、この発端となったのが宇宙番長だったのはあまり知られていない事実である。

 かくしてストレス解消と新たなる友情、そしてGNPと景気回復に一役買った宇宙番長。
 しかし、明日からは更なる強敵が待ち受けていることだろう。
  希望の未来を築くため!
 ゆけ!宇宙番長!戦え!宇宙番長!