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第11話「アンドロメダ番長登場!」

 宇宙番長が地球で世界征服三昧の生活を送っていたころ、銀河の辺境では一つの戦いが終わろうとしていた。
「しぶとさだけは認めてやるが、相手が悪かったな」
 その変な生き物はこれまた変な生き物に向かってとどめの一撃を放とうとしていた。
 変な生き物といっても分からないので具体的に描写すると追い詰めているほうをA、追い詰められているほうをBとすると、Aの生き物は全身けむくじゃらでぱっと見たかぎりでは地球で言うところのゴリラに酷似している。しかし、頭部にはどこを向いているのやら分からない眼と鋭く尖った嘴のような物がついていて、傍目にはミジンコに非常によく似ている。という事で命名、ミジンコゴリラ。
 そんな生き物である。
 Bは人間の体にヒヨコの頭をつけたような生き物。ゲール星人のパピョリニカという男だが、もうすぐやられるので覚えておく必要はない。全然。まったく。
 ミジンコゴリラの嘴の先端から緑黄色の気体が流れだしてくる。それは倒れている男の体にまとわりつき、活力を奪っていく。
「ぐっぐおおおおっ」
「どうだ?これは俺の体内で製造される遅効性の毒ガスだ。俺に逆らったことを苦しみながら果てるがいい」
 ミジンコゴリラの腕が閃き、男の体は遙か彼方まで吹き飛ばされる。マンガだとよくこういう光景は「星になった」と言うが、実際男の体は成層圏を突破して大気圏外に放り出され、故郷であるゲール星までぶっ飛ばされた。なお、このパピョリニカという男、実力はなかったが運はよかったため、ベストな角度で大気圏を突入し燃え尽きることなく海面へと到達した。
 直後に病院に担ぎ込まれ、全治22ヵ月と診断(遅効性の毒ガスなので、治りも遅かった)。血の滲むようなリハビリの末に看護婦の一人と無事結ばれるが、それはまた別の物語である。
「そろそろ雑魚の相手にも飽きてきたな………」
  ミジンコゴリラは呟く。
 この男こそアンドロメダ星系を束ねる男、アンドロメダ番長であった。本当はちゃんと本名があるのだが、地球人には発音不可能なので以後彼をこう呼ぶことにする。自分でもそう主張しているのだから問題はなかろう。
 そんなわけでアンドロメダ番長は宇宙征服をすることにした。
 俺はこんな辺境で朽ち果てるような男ではない。実力もあり、そして何より美しい。まさに完璧だ。俺こそ支配者にふさわしい。
 ミジンコの顔をしたゴリラが? という諸氏の疑問の声ももっともだが彼らの美的感覚は我々とは異なる。
  美の基準なんてまさに人それぞれで街で時々脚のきれいな美人がぶさいくな男を連れて手を握りながらスキップでもしそうな足取りで歩いているのを見ることがあるがもっとましな男を選べなんなんだお前の目は節穴かちくしょう、みたいな具合である。
 ともかくアンドロメダ星系の人々と我々は違う。絶対違う。劇的にまで違う。
 さて話を戻そう。
 アンドロメダ番長は自分の宮殿へと帰っていた。そこにはアンドロメダ星系有数の美女たちが彼の帰りを待っているというまさにハーレム状態なのだが、我々の視点では悪夢以外何者でもない。というか怖い。侍らす、というよりは蠢くという表現がぴったりである。
 でも一応侍らすということにしておく。
「俺は強いと思うか?」
「もちろんですとも」
「最強か?」
「あなたのほかに誰がいましょう」
 こんなわざとらしい会話をする奴など普通いないのだが、アンドロメダ番長はこういうことを平気で出来る男であり、彼の取り巻きもまたこういうことに疑問を感じないタイプの人間なのである。
「俺は地球へ行く。そして宇宙の支配者になる」
「きっと出来ますわ、アンドロメダ番長様」
「しばしのわかれだ。待っていてくれるかお前たち」
「ご命令のままに」
 そんなわけで、アンドロメダ番長は地球へと旅立った。
 目標は宇宙番長の命。
 そして支配者の座。
 アンドロメダ星系最強の男が今、刺客となって練馬へと向かう!

 所変わって練馬。
 半強制的に市役所での事務労働を行わされていた宇宙番長は、5時になってようやく開放された。
 腐っても市長。前練馬市長を倒してしまったので、そのツケは全て彼に返ってくる。嫌だとわがままを言っても、無駄だった。何せ市長である。これをやめるのは宇宙の支配者の座を下りることであり、『宇宙の支配者・宇宙番長』からただの『宇宙番長』になってしまうのである。
 そのためにしかたなく市長としての義務を果たしているのだった。
 もちろん、給料も出るが安い。しかも戦うたびに街に甚大な被害を与えるので、宇宙征服基金のほうから差し引かれていた。よって、彼の手元に残るのは小遣い五千円と食費だけである。
「何故だ。宇宙の支配者ならば贅沢三昧のはずだろう。なぜ俺はこんなに貧しいのだ」
 それは血を吐くような苦悩だった。
 だがどうにもならなかった。もともと自分が悪いのだから仕方がないのである。
 そんなわけで仕事帰りに近くのコンビニで牛カルビ弁当を買い、自宅マンションへと戻るという生活を宇宙番長は繰り返していた。
 寂しい。
 はっきり言って、独身サラリーマンの生活より寂しい。
 だが、手に下げたビニール袋には彼の好物である牛カルビ弁当がある。慣れない事務で精神的にまいっている宇宙番長にとっては、これだけが全てといっても過言ではなかった。
 夕日が当たりを染めている。
 背中には哀愁が漂っていた。孤独な男だけが持ちうる、漂泊の哀愁を。
 影が長く尾を引いてそれを演出する。
 しかし、黄昏の時間は不意に終わりを告げた。
「そこにいるのは誰だ。俺に何か用か」
「お前が宇宙番長だな」
 アンドロメダ番長の姿は逆光になっていて見えにくい。宇宙番長には、大柄の男にしか見えなかった。
「そうだ」
「悪いが死んでもらうぜ」
 言うが早いか、アンドロメダ番長は宇宙番長に襲いかかる。
 宇宙番長は驚愕した。そのスピードではなく、容姿にである。
 突然、ミジンコのような顔をしたゴリラに襲いかかられる。誰だって驚くのは当たり前だ。
「わーっバケモノだっ」
 逃げる宇宙番長。
 アンドロメダ番長の最初の一撃は空を切った。アスファルトを貫き、地面を抉る。
 続いて二撃、三撃と繰り出すが、それは民間人・太田 守宅のブロック塀を木端微塵に破壊して彼の家計にただならぬ被害を与えたにとどまった。
「ちいっ。ちょこまかとッ!」
 アンドロメダ番長の口から液体が飛び散った。
 反射的によけた宇宙番長だったが、わずかに遅れた右手に掛かる。
 途端、彼の右手に妙な違和感が生じた。
「ぐっ!?なんだ、右手がっ!?」
「クックックッ。俺の唾液には麻痺毒が含まれているのさ」
「なにいっ貴様、この俺に涎をかけたというのか」
「……ボキャブラリィの未熟な男だな。まぁ、つまりはそういうことだ。お前の右手はもうつかいものにならんさ」
 宇宙番長の目は硬直したままの右手の先端に注がれていた。握ったままのビニール袋。その中の夕食、牛カルビ弁当。
 アンドロメダ番長の唾液はその聖なる領域に侵入していた。
「まず全身の自由を奪ってやる。それからゆっくりと料理してやるぜ」
 くちばしの先端から唾液をまき散らすアンドロメダ番長。
 宇宙番長の右手が震えていた。動かないはずの右手が。
「うっうおおおおっ」
 叫ぶ。
 そして宇宙番長は猛然とアンドロメダ番長に突進した。

「宇宙パンチ!」

 怒りを込めたパンチがアンドロメダ番長の顔にヒットし、吹っ飛ばされた体は向かいの永井 賢太郎宅のブロック塀にめり込む。

「宇宙キィィィィィィック!」

 さらにキックの追撃をうけ、地面から1メートルほど埋没した。
「宇宙スタンプ!」
  加えてダウン攻撃。
 鬼。そこにいるのは宇宙番長ではなかった。まさに復讐に燃える鬼となった宇宙番長は持てる技の全てをアンドロメダ番長にたたき込んでいく。
「いやー。あれは人間の仕業とは思えませんでしたね。そう、あえて言えばケダモノでした」とは、目撃者兼被害者の永井賢太郎の談である。
「宇宙チョップ!宇宙エルボー!宇宙パチキ!宇宙ラリアット!宇宙ニードロップ!宇宙スクリュー!宇宙突き!宇宙投げ!宇宙ボム!宇宙スープレックス!宇宙インパクト!宇宙ブレイク!宇宙ツイスター!宇宙ソバット!宇宙バスター!」
 一撃ごとにアンドロメダ番長は原型を失っていく。
「宇宙サイクロン!」
  もはやなんだか分からない生き物に作り替えられたアンドロメダ番長の両足を抱え込み、暴風を伴うほどの回転を加えて空中に放り投げる。

「死ねい!ミラクル怪光線!」

 もはや意識があるのかないのかすら分からないアンドロメダ番長は、空中で最大出力のミラクル怪光線の照射を受けて大爆発した。
 当然のことながら下の民家は大迷惑であり、この事件は「練馬の赤い雨」として後の世まで語り継がれることとなる。だが、もっとも恐れられたのは宇宙番長の行為ではなくアンドロメダ番長の容姿であったという。
 なお、勢い余ったミラクル怪光線はいつものように紫外線によって分解され、地球に優しかった。

「な、何故だ……その強さはいったいどこから……」
 もはや頭部のみの存在となったアンドロメダ番長が呟く。
 アンドロメダ星人は木端微塵にしたぐらいでは死なないほど丈夫であった。戦闘力はないに等しかったが、それでもまだ生きている。怖い。
「正義の怒りの前に貴様の力など無意味だ」
  正確には正義の怒りではなく食い物の恨みである。
「さて……」
  宇宙番長はアンドロメダ番長ににじり寄った。
「俺の牛カルビ弁当を弁償してもらおうか」

 その後アンドロメダ番長は、宇宙番長によって牛カルビ弁当の大盛りを弁償させられた。前の牛カルビ弁当は捨ててしまうのももったいないのでたまたま通りかかった犬に無料提供し、宇宙番長は帰路につく。
 当然の事ながらその犬は麻痺状態に陥り、犬の鳴き声に悩まされていた地域住民に三日間の安息の日々を与えたが、通りすがりの宇宙番長には知るよしもなかった。

 かくして戦いの末に「牛カルビ弁当」を「牛カルビ弁当・大盛り」へとバージョンアップせしめた宇宙番長。
だがまだまだ彼のエンゲル係数は高い。
明日の幸せ掴むため!
行け!宇宙番長!戦え!宇宙番長!