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第9話「宇宙番長対はぐれ公務員四畳半」

 その日、執務を終えた宇宙番長はいつものようにコンビニで牛カルビ弁当を購入し、帰路へ着いた。
 宇宙番長の夕食はいつもこの牛カルビ弁当である。
 栄養価が偏っていて大変不健康、などと若い婦女子もしくは熟女(プラス幅15才)あるいは転生寸前の老練な女性などが厳しく指摘するかもしれないが、宇宙番長は健康だった。
 宇宙番長の鋭く尖った頭は宇宙アンテナである。
 ここに宇宙からのあらゆるエネルギーが集中し、新陳代謝を活発にしつつ健康を維持するのだ。そういうわけで、たとえ一日24000キロカロリーを摂取しようとも宇宙番長は健康だった。
 もちろん、普通の人間がそんなに食べたら死ぬ。
 いやすぐには死なないかもしれないがいずれ死ぬ。
 間違いなく死ぬ。
 エルビス・プレスリーだって死んだのだから。
 じゃあちゃんとした食事を作れと言いたいところだが、何しろ宇宙番長は料理が下手だ。ちゃんとした料理を作ろうとすると限りなく毒に近いものが出来る。もちろん、生半可な毒では宇宙番長は死なないが、それでもできるだけ毒の摂取は控えたいというのが本音である。
 というわけで、宇宙番長は健康だったのでこの偏った生活を続けていた。
 もちろん一日に24000キロカロリーも摂取したりはしない。

 宇宙番長の自宅マンション、『コーポ大都会』は22階建ての高層マンションである。宇宙征服基金の資本で建てられたこのマンションの最上階に宇宙番長の部屋がある。かといってこの建物が宇宙番長のものかと思いきや、やはり宇宙征服基金のものであり、大家は別の場所にいる。
  ちなみに、この大家というのは大家という名字の人というわけではなくマンションの管理人という意味の大家だが、でも名字は大家。
 そんなわけで見晴らし一等級の最上階に住む宇宙番長だが、家賃は一応タダだった。しかし揉め事、問題、その他迷惑行為に及ぶと追い出される。
 宇宙の支配者なのに。
 なお、このマンションには最上階まで2秒という超高速エレベーターが搭載されているが搭乗者に過大なGがかかるため、余り使いたがる人間はいない。近所の少年たちがふざけて入って、瀕死で出てくるくらいなものである。
 宇宙番長もたまに間違えて入り、ひどい目に会う。
 だが今日は間違えなかった。
 エレベータの前に人がいたからである。
「宇宙番長だな」
「誰だ、お前は」
「俺の名前は四畳 半。まぁ人は俺のことをはぐれ公務員とも呼ぶがな……」
「そうか。じゃあそこを退いてくれ。俺は疲れているんだ」
「ふふふ……まぁ話を聞けよ、練馬市長」
 宇宙番長の眉がぴくりと動いた。
「あんたが前の市長を倒して新しく練馬を支配した……そうだろう?」
「回りくどい言い方をするな」
「俺は前の市長にいろいろと恩があってね。……こんなやり方には納得が出来ないのさ」
「それで?」
「あんたを倒して、あの方に復帰してもらう。もともと俺はあんたを認めたわけじゃねぇしな」
「別に納得してもらう必要はない。俺が勝って、練馬を支配した。俺と奴とのあいだではそれで話が付いている」
「言ったろう?おれはあんたを認めたわけじゃねぇんだ。勝負してもらうぜ」
「好きにしろ。だが、ここでは駄目だ」
 こんな台詞を吐くと非常にかっこいいが、実際はここで暴れると部屋を追い出されるからである。
「もちろんそうさ。こんなところでお前をぶちのめしても、俺の気はすまねぇ」
「場所は勝手に指定しろ。気が向いたら相手をしてやる」
 クールな応対をする宇宙番長。しかし、本心では早くこの男に消えてもらいたかった。
 早く食べないと、せっかく温めた弁当が冷めてしまう。
「俺たちが戦うとなれば、場所は一つしかないだろう?……練馬市役所だ。練馬市役所でお前を叩きのめす」
「話はそれで終わりだな」
 宇宙番長はそう言い残してエレベータに乗る。
 後には四畳 半だけが残されていた。
 その表情は憤怒のまま凍りついている。
 宇宙番長の態度が、彼にとってはあまりに屈辱的だったからだ。
 自分のことを格下扱いされたと思い込んでいるのだ。戦闘能力においては練馬区戦闘公務員第1号鈴木 太郎に匹敵するとさえ言われたこの自分が。
 いや、実力では明らかに自分のほうが上だとさえ思っている。半はかつて練馬市長に破れ、配下の公務員として在宅勤務をこなしながら宇宙支配のため、打倒練馬市長のためにに密かに腕を磨いてきた。
 ただ一度だけ、彼に地を嘗めさせた練馬市長を倒すために。
 しかし練馬市長は宇宙番長によって倒され、彼の目標は失われた。
 やりきれない思いを抱え、税金滞納を知らせる手紙にひたすら80円切手を張りながら彼は思ってきたのだ。
 練馬市長が倒されたならば、その宇宙番長を倒せばいい。
 そして今日、宇宙番長に会った。
 だが、完全にあしらわれた。
 殺してやる。
 俺をなめるとどうになるのか、その身をもって教えてやる。

 一方、宇宙番長の怒りもマックスに達していた。
 間違えて、あのエレベータに乗ってしまったからである。
 奴さえ現れなければこんなことにはならなかったのに。
 頑丈が取り柄の宇宙番長でもあのエレベータはきつすぎた。何せ速すぎて体が宙を舞い天井に叩きつけられるほどである。今回、宇宙番長は鋭く尖った毛髪が天井に突き刺さってしまい、自重で落下するまでの約5分間、望まぬ空中遊泳を堪能することになった。
 宇宙番長にとって、その間に誰もエレベータに乗らなかったのは不幸中の幸いだったが四畳 半に憎悪を抱くには十分すぎるほどの時間だった。
 奴を倒す。それはもう見ていられないほど、けちょんけちょんに倒す。
 けちょんけちょんなどと最近では聞かない形容詞を使いながら宇宙番長は怒り狂った。
 しかし、宇宙番長がいかに宇宙の支配者とはいえ、公務員を勝手に解雇できないのは法律で定められていることだ。
 もちろん、それでは宇宙番長の気は晴れない。
 倒したあと、どうするか。
 思いつく限りの刑罰をあげてみるが、具体案が思い浮かばない。
 それが余計に宇宙番長をいらつかせた。
『鋸引きとかギロチンは国民の不評を買うので不可』と宇宙征服基金役員会から釘を刺されているし、かといって百叩き程度では不十分である。
「ぐううう……何故日本には俺を満足させ、かつ合法な刑罰がないのだ!」
 かくして宇宙番長はその夜、ジレンマに悩まされ続けるのであった。

 そして朝。
 若干の睡眠不足も朝日を浴びているうちに吹き飛んでしまう。
 いつものように身支度を整え、宇宙番長は練馬市役所へ向かった。
 四畳 半がいつ襲ってくるかは多少の不安材料だったが、宇宙番長には職務のほうが重要だった。市役所までは自宅マンションから徒歩で20数分。気がつくと時速100キロ以上で歩いている時もある宇宙番長には車など必要はない。
 市役所の正門も約127キロの速度で通過する。
 当然のことながら、その影に隠れて宇宙番長を待ち伏せしていた四畳 半は完全にそのチャンスを失った。
「あ……う……」
 呼びかけるタイミングを誤り、硬直する半。
 その脇を一般職員が通りすぎていく。
 そして仕事が始まり、午前中の宇宙番長襲撃の機会は失われた。

 そして昼。
 練馬市役所では「ファミリーフーズ練馬店」によって比較的安価に昼食が提供される。金銭的に余裕のない一人暮らしや弁当を作るのが面倒な人間にとっては重宝される存在であり、宇宙番長もその一人だった。
 料金は給料から差し引かれるが、一日当たり200円強と家計にもそれほど負担をかけず、ご飯のお代わりは自由、そして栄養のバランスを考えて作られるメニューは、独身男性にとって貴重かつ重要な栄養源となっている。その中でも宇宙番長は、特に里芋の煮っ転がしを好んでいた。
 そこでメニューのすべてをそれに変えるようさりげなく圧力を掛けようとしたところ、株式会社宇宙征服基金の重役12人によって全力で阻止されるという事件が起こったのだが、それはまた別の物語である。
 本日のメニュー「若鳥のクリーム煮」と野菜サラダに手をつける宇宙番長。
 シェフも真っ青な味に身をよじらせるほどの幸福を覚えつつむさぼり食う。そりゃあもうむしゃむしゃと。
 そしてデザートはみずみずしいイチゴ。
 芳醇な香りが口一杯に広がり、思わず四次元へと突入しそうになるほどの至福にひたる。
 メニューが違っていてもだいたいこんな具合で昼食を取るわけだが、特に里芋の煮っ転がしの場合には形容詞が「身をよじる」から「天にものぼる」もしくは「背筋がぞくぞくするほど」に変化するのが常である。
 普通、里芋の煮っ転がしで背筋がぞくぞくしたりはしないのだが、宇宙番長は普通ではない。よってツッコミ無効。

 さて。

 こうして食事を終え満足度100%となった宇宙番長は食堂を後にする。
 だが、その扉を開けたところで待っていたのは、四畳 半であった。
「勝負だっ宇宙番長!」
 いきなり掴みかかる四畳 半。
「ちっ待ち構えていやがったかっ」
 二人はもつれ合ったまま窓ガラスをぶち破り、中庭に転げ出る。
「待ち伏せとは姑息な奴め」
「なんとでもほざけ。今のうちに負けたときの言い訳を考えておくんだな」
「抜かしたな。食らえミラクル怪光線!」
 宇宙番長の額から、ほぼモーションなしで光線が放たれる。エネルギーの収束に時間をかけていないため威力は半減しているが、不意打ちとしては十分なはずだ。
「ふん!」
 しかし半は気合とともに片手で光線を弾く。
 弾かれた光線は食堂でいまだ昼食を摂取中だった山本 元の茶碗を完全消滅させながら市役所を抜け、道路を逆上ったあと前田ガラス店を直撃。店内にあった特注の鏡で反射し、大気圏外へと飛び出した後いつものように紫外線によって分解された。
「俺のミラクル怪光線を片手で弾くとはなかなかやるな」
「ふっ……その程度の攻撃でやられはしない。次はこちらから行くぞ!」
 半は手近にあった自動車を片手で持ち上げる。
「なにいっ!?」
「くらえっ!」
 一般公務員坂田 隆の新車プリウスがすさまじい勢いで投擲される。第一話にて木端微塵、あるいはコーンフレーク、つぶれた洗濯機、もしくは乾燥ミジンコ並に破壊された坂田の車は株式会社宇宙征服基金の「番長破壊保証制度」によってプリウスにうまれ変わった。この地球に優しいハイブリッド自動車は一般市民がすぐさま購入できるような値段ではなかったが、宇宙征服基金はその有り余る財力でただのガソリン自動車を外見から中身までフルチューンし、プリウスそっくりに作り替えたのである。
 冷静に考えてみると坂田の車はプリウスではないのだが、外見から中身まで同等の性能を有しているために皆はプリウスと呼んでいた。
 あえて言うならニセプリウス、もしくはパチプリウス、さらにはフルチューンド・フェイク・プリウス・サカタカスタム略してF.F.P.Sと、もはやなんだか良く分からなくなってきたので状況を二人の戦いに移してみると、投げ出されたプリウス(偽)は宇宙番長に肉薄していた。
「うりゃっ」
 だが宇宙番長はそれを組み合わせた両手で叩き伏せ、バウンドしたそれをさらに回し蹴りで送り返す。
 戻ってきた坂田の愛車二号は半のアッパーによってはるか上空まで吹き飛ばされ、2キロほど離れたスカイラークの看板を粉砕し、そこに陣取った。
 以後、改装され名物看板として全国的に有名になるが、それが坂田の乗用車として公道を走ることは二度と無かった。
 さようなら、プリウス(偽)。
「大したパワーだ。貴様、ただの公務員じゃないな」
「あたりまえだ。戦闘公務員試作二号の肩書きは伊達じゃない」
「なるほど、汎用性よりもパワーを特化したタイプか」
 そう、この四畳 半は戦闘公務員の試作として特別にカリキュラムをくまれたプロトタイプだった。鈴木 太郎が自衛隊やクッキングスクールの訓練によって戦闘からトイレ掃除までまでの幅広い用途に適応するのに対し、半は道路工事や炭坑夫、エアロビクスなどによってパワーを強化した完全戦闘用の公務員だった。
 しかし市役所がいつも戦うわけではないので戦闘用の半よりも鈴木の方が重宝されていたのは言ってはいけない事実である。
「そうとも。だからこんな芸当もできる」
 かるくジャブを放つ半。それは数メートル離れた宇宙番長の顔面に強烈な風圧として到達した。
「鈴木や市長ごときを倒していい気になっているようだが、世の中には上がいるということを教えてやる」
 矢継ぎ早に繰り出される拳撃は無数の空気の弾丸となって宇宙番長を襲う。
 すかさず宇宙番長はそれをはじくが、それた弾丸は窓ガラスを破り、一般公務員の執務室にも飛び込んだ。なんというか、大惨事。
「貴様が避ければそれだけ被害が広がる。さぁどうする?」
「ふっ・・・・・・フハハハハハハハ!」
「何がおかしい」
「だから貴様は甘いのさ!」
  まるで悪役のような台詞を吐く宇宙番長。
「そんな小さなことにこだわっていて宇宙が支配できると思ったか!」
 宇宙番長の額に光が収束していく。
「チッ」
 半は舌打ちして拳を放つが宇宙番長はひるまない。

「必殺! 拡散ミラクル怪光線!」

 宇宙番長の額から放射状に放たれた虹色の光線は辺り一面を破壊した。半はもちろんのこと、練馬市役所の東半分を完全崩壊させ、またその延長上にあった山下工務店やスーパー丸八などもその被害を被った。
 さすがの半も拡散したミラクル怪光線を防御することはできず、したたかに壁へ叩きつけられ、さらにその後瓦礫の下に埋もれる。

「おい、どうするよ」一般公務員AはとなりにいるBに向かって話しかけた。
「また市長暴れてんのか・・・・」
 万年筆を置き、窓の外を見るB。いちおうAには前田 博、Bには山崎 洋二という名前があるが面倒なのでカット。
「まぁ壊した分は保証つくからいいけどさぁ・・・・」
「俺、明日が領収書の締め切りなんだよな」
「俺もだよ」
「いや、私もなんだけど」
  練馬の小意気なお茶汲み嬢こと中村 照美、略称Cも珍しく回ってきた仕事に精を出していたが、余りの惨状に手を休めていた。
「どうすっか・・・・俺達じゃ取り押さえられないしな」
「東庁舎は吹っ飛んじゃったから、いつここも被害に遭うかわかったもんじゃないわよね」
「警察にでも頼もうか」
「え? あれって警察で何とかなるのかしら」
「いや、駄目だったら機動隊、それでも駄目なら自衛隊って手があるし」
「そうね。一応税金払ってるんだから呼んでみよっか」
「なぁ、こう言うときは練馬警察なのか?」
「110でいいんじゃないのか?」
「どうなんでしょ」
 A、B、Cはそれぞれ協議しあった結果、練馬警察署に連絡することになった。
 だが、連絡を終えてから12秒後に彼らも瓦礫の下に埋まることは誰も知らない。

「わはははははは。どうだみたか」
 勝ち誇る宇宙番長。
 しかし、その後ろにはどこかで見たことのあるような黒と白の車が迫る。
 つかつかと歩み寄る制服の男。
 ガッツポーズしたままの宇宙番長の手に手錠が掛けられる。
「器物破損の現行犯で逮捕します」
「なにいーっ」
 驚愕する宇宙番長。
 さらに男たちは埋もれた半も掘り出し、ぐったりしたその手に手錠を掛ける。
「おい、ちょっと待て。俺は・・・・」
 わめく宇宙番長に対し、男たちは
「話は署で聞きますから」
 とにこやかに答え二人を車に押し込んだ。
「じゃ、ご協力ありがとうございました」
 一礼して警官たちは去っていく。
「はい、後のことはよろしく」
 手を振ってパトカーを見送る市役所職員。
 そして残った職員たちは破壊された市役所を片づけるのだった。

 かくして連載9回目にして早くもお縄となった宇宙番長。
 だが話せば警察もきっとわかってくれる。
 誤解が解けるその日まで。
 ゆけ!宇宙番長!戦え!宇宙番長!