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第3話「奪還? 奪われた市役所!」

 その日、宇宙番長が市役所へと出勤しようとすると市役所の周りは人だかりで一杯だった。
「何だ、またデモか」
 うんざりとした面もちで宇宙番長は道を迂回しようとする。
 無論、宇宙最強である宇宙番長には当然こんな市民のデモなど必殺のミラクル怪光線で半殺しの全治一生というところだったが、「宇宙番長『また』乱心!」などとワイドショーで騒がれてはたまらない。
 ビーム撃ったぐらいで何もそこまで、と思ったりもするが話し合いの余地もなくいきなりビームでは非難されても当然といえば当然。当たり前。
 という事で、いい加減やり方を覚えてきた宇宙番長はこのような平和的手段で戦闘を回避しようと試みるのだった。
 頑丈な鉄筋コンクリートの防壁を備えた練馬市役所は、正面玄関以外には容易に立ち入ることは出来ない。それは外敵の侵入を防止するとともに宇宙番長が逃げ出すのを阻止するためでもあった。
 外壁は高さ20メートルほど、という案も出されたのだが付近住民に日照権で提訴されそうになったため3メートルほどで妥協されている。
 外壁の上にはさらに有刺鉄線が張られており、これに30万ボルトの高圧電流を流そう、というアイデアもあったのだが予算の都合で文字通り流れた。何より電気の無駄遣いは環境に優しくないのである。
 宇宙番長も大いに賛成した。
 外壁にそんなものを流されてはたまらん。
 それを市議会に通すために「必要以上の外敵は市長自ら撃退する」云々をいちいち書面にしなければならないのは例のお役所仕事というか宇宙番長にとっても面倒なことだったが、冷静に考えて「必要以上の外敵」とはどういう事か。
 つまり面倒は市長自ら解決、という事らしい。
 書いて決裁してからしまったと思ったが、取り返す前に持ち去られた。
 決裁してしまったものを「やっぱり今の無し」とするにはまた新たに文書を作って決裁しなければならず、しかもその文面は万人が納得かつ市議会でも支持の得られるものでなければならないのだが、「宇宙最強の人間が市長」という決闘性を採用している練馬では市役所の全兵力(ガードマン3名)を動員して対処せよと言うのはあまりに酷であるし大体宇宙最強ならお前がやればいいじゃん。前もそうしてたし。
 という理由で却下。不承認。
 以前は雑用から格闘まで器用にこなす無敵の戦闘公務員、鈴木 太郎がいたので弱そうな奴はおおむね排除されていたのだが、その鈴木は第1話において宇宙番長がいい感じカウンターでぶん殴ったので入院中である。
 ついでに辞職届も適当に決裁したのでつまり退職、さよなら、みたいな感じだ。
 いいやつだったのになぁ。
 と皆は口をそろえて言うのだが、誰も見舞いに行かなかったしお別れ会とかもとくにやらなかった。
 さよなら、戦闘公務員鈴木。

  ということで道を迂回し、外壁を飛び越えて市役所に入ろうとした宇宙番長だったが「ぐわっ」外壁を飛び越えた時点でいきなり撃たれた。
 警告も無しである。
「いてぇ!」
 普通、撃たれて痛いでは済まない。
 不死身だ! スゲェ! 宇宙番長はやっぱり無敵なんだ!と無邪気に思うかもしれないが宇宙番長の身につけている宇宙学ランは防弾仕様である。
 防弾だから撃たれても大丈夫かといえば、やはりミサイルとかそういう物で撃たれると学ランはともかく宇宙番長は死ぬ。そんな凄い学ランである。マグマに放り込んでも火炎放射器であぶっても、ドリルで突いても破壊音波を浴びせても学ラン自体は大丈夫。大気圏にだって突入できる。
 この服は、練馬市長に就任したとき株式会社宇宙征服基金から贈与されたものであり、地球の科学の粋を集めて作られたスーパー学生服であるが、宇宙番長の身を守ると言うよりも宇宙征服基金科学班が上層部から出された「絶対に破れたり燃えたりしない地上最強の服」という要望のみを追求したせいで、着用者の身を守るための設計というのは特にない。もの凄く丈夫、というだけ。宇宙番長がいかなる危機に陥っても服だけは大丈夫なのである。
 そういう設計の服なので、防弾といっても弾を通さないだけであるから撃たれた本人は凄い痛い。
 小学生の頃、ほうきの柄でつつきあってうっかり相手を思いきり突いてしまった、あの痛みの10倍ぐらいと考えるといいのではないか。
 ついでに何故学生服なのかと考えてはいけない。そういうものである。
「いきなり撃ちやがって。あのガードマン絶対クビにしてやる」
 俺で無ければ死んでるぞ。
 撃たれた箇所をさすりながら宇宙番長は起きあがった。
 だが、妙だ。
 ガードマン、銃なんて持っていたか?
 いや持っていなかったはずだ。
 そこでようやく事態の異常さに気づく。
 よく見れば、撃った本人はヘルメットにサングラス、口には手ぬぐいのようなものを巻いている。
 怪しい。
 あんなガードマンはいなかった。
 当たり前だが、宇宙番長はその時至極冷静にそう思った。
 というか撃たれた時点で気付け。
 宇宙番長が逡巡している間にも、その怪しい格好の男は手に持った拳銃らしきものを乱射したので慌てて逃げた。
 落ち着けば拳銃など恐るるにたらないのだが、いきなり撃たれればそれはビックリする。
 いや逃げたのではない。
 戦術的撤退である。
 逃げたのとどう違うのかと言われれば「勝つために間合いを取った」のと「戦う気を無くして敗走した」の違いである。
 ということで、戦闘態勢を整えるべく宇宙番長は外壁から離れた。

 正門前へ行ってみると、人だかりは消えていなかった。
 よく見れば、集まっている人の半分は練馬市役所の人間である。
 残りの半分はエプロンを付けたおばちゃんであるとかカメラ片手の野次馬か報道関係者であった。
 そこで宇宙番長はピンと来た。
 練馬市役所は何者かに乗っ取られたのだ。
 しかし、ガードマンは何をしていたのか。
 ついでに市長である俺のところに何故、話がこない。
 人混みを掻き分けるまでもなく、道が開いた。
 門はしっかりと閉ざされており守衛の姿も当然ない。
「おい、ガードマンは何をしていたんだ」
「いや、夜中に大勢来てバットとか鉄パイプとかで散々ぶっ叩かれたあげく、手錠を掛けられて縄でぐるぐる巻にされて目隠しと猿ぐつわを噛まされて捕まったようですよ」
「詳しいな」
「いやね、私も危うく捕まりそうになったところを命からがら逃げ出してきたというわけで」
 得意げに話す男の正体を、宇宙番長は気づいた。
「よく見りゃ、お前も守衛の一人じゃねぇか」
「ええ。全くもって危ないところでした」
「危ないところだった、とかじゃなくて市役所を一人で奪還しようとか、そういうことは考えなかったのか」
「だって相手は大勢いるんですよ?一人でなんて無理無理」
  首をぶんぶんと振って拒絶の意志を表す。
「私には妻と娘と可愛い金魚が」
「金魚はどうでもいいだろ」
「何だとっ!」
 その守衛、加藤守男はいきなり宇宙番長に掴みかかった。
「あんなデブと言うこと聞かない娘は別として、金魚をバカにする奴はゆるさん!」
 そんなに金魚が大切なのか。
「私の帰りを心から待っている可愛い金魚たちが、どれだけ俺の心の支えになっているかわからんのかっ」
  加藤は宇宙番長をがくがくと揺さぶりながら、目に涙を浮かべて続ける。
「妻はゴロゴロしてて晩飯を作らんし娘は私を無視するし、だがあいつらは違う。私が帰ってくれば愛おしそうに口をパクパクして私を迎えてくれるんだッ」
 言葉が喋れないのが恨めしいぐらいだ、とブツブツ続ける。
 実際のところ、加藤が帰りがけに餌をやるので金魚たちはそれを期待して集まり餌をねだっているのだがそんな条件反射なのだから言葉が通じない方がよかろう。
 世の中には、言葉が通じない方がいいこともある。
 宇宙番長は言いたいことを言ってやや落ち着いた加藤の肩に両手を置いた。
「判った、判った。じゃあ金魚のことは俺に任せて、お前が行け」
「えっ?」
「お前の心残りは金魚なんだろう?それに関してなら俺が責任を持つ。行け。世界がお前を待っている」
 驚いて硬直している加藤を抱え上げ、宇宙番長は見張りをしている謎の男達に向かって放り投げた。
 空中で藻掻きながら飛んでいく加藤の体は、そのめちゃくちゃに振り回した手と投擲の際の勢いによって広範囲の敵を巻き込み、なぎ倒した。
 加藤一人の犠牲によって3人の敵を倒したのである。
 お手柄、加藤守男。
 当然加藤自身はたちまち捕まって縛り上げられたが、君の勇姿は忘れない。
 自分も乗り込もうと正門に近づいた宇宙番長だったが、ふと屋上に人影を認めて一歩引いた。
「我々は憂国革命団練馬支部の者である!」
 屋上の男は叫んだ。
「で市役所を占拠してどうするつもりだ」
「我々は宇宙番長の速やかな辞職を要求する!」
「俺が前の市長に勝ったんだから次の市長は俺に決まっているだろう。辞職させられる覚えはないし投票結果も俺を支持している」
「そんなことは認めない!我々は正当な後継者を要求する者である。そのような横暴に対しては断固として戦う用意がある!」
「別にいいぜ。練馬市長は決闘性だ。俺に勝てたら市長を辞めてやるぞ」
 一瞬の間。
「そんなことは認めない!」
「何だ今の間は」
 宇宙番長は冷静に突っ込むが、相手との会話はもはや成り立たず、会談というか門前の怒鳴り合いは終わりを告げた。

「とりあえず、警察とか機動隊とか特殊部隊とかそういうものを突っ込ませて市役所を取り戻せ」
「しかしながら市長」
「なんだ。要請の電話なら掛けてやるぞ」
「昨日決裁した書類では、こうした事例のときは市長自ら処理することになっていて」
「占拠されているのに俺一人で解決しろと?」
「しかし、文面を書いたのは市長ですし」
「却下却下。相手は銃器を所持してるからこういう場合は警察の出番」
「それを承認するためには正規の書類にしていただかないと我々も動けません」
「じゃあ今すぐ書く」
「しかし必要な紙やら判やらは市役所の中にあるわけで」
「つまり、書類に出来ないといいたいわけだな」
「そのとおりです。市役所から必要な物を取ってくれば我々も今すぐ書類を作って警察に要請できるのですが」
「なら、今すぐ取りに行ってこい」
「ですからこういう場合は市長が行くことに・・・・・」
 という議論を延々としているうちにお昼の時間になったので、続きはとりあえず昼食を取ってから、という事になった。
 議論は昼食後も続いたが、要約すると「書類の作成の用紙を取ってこい」という宇宙番長と「事例では市長が動く」を盾にする練馬職員軍団との応酬であるが「書面にするから取ってこい」「しかし昨日の書類ではこういう場合は市長が」「状況ごとに警察の介入が出来るようにするから用紙を取ってこい。書類を取りに行くのは市長の仕事じゃない」「しかしこういう場合は市長が行くのが定めでして」を287往復ほどしていい加減みんな疲れてきたので結局宇宙番長が書類を取りに行くことになった。
 はじめから行け。
 と練馬職員の殆ど全てがそう思った。
「話し合いで、必要な書類だけもらえるように話し合ってみたら」と申し出た男もいたが、門から入っていってたちまち取り押さえられ、こいつはスパイだという事で縄でぐるぐる巻にされて目隠しされ手錠をはめられ身動き出来なくされて倉庫に放り込まれた。
 駄目だ。奴らに話は通用しない。
 やはりここは市長が。
 ということになるとどうにもならないので、仕方なく嫌々ながら宇宙番長は門前に立った。

 門は固く閉ざされており、見張りが立っていた。
「今から書類を取りに行くから門を開けろ」
「駄目だ。そうやって油断させて我々を倒すつもりだろう」
「話の通じん奴だな。俺はお前らなどとこれっぽっちも関わりたくないんだ。大人しくしてれば命は助けてやる」
「ふん。出直してこい」
「どうしても通さない気ならこちらにも考えがある」
「強がりを言うな。特殊合金の門が破れると思っているのか?」
「後悔するぜ」
「させてみろ」
 宇宙番長はその場で飛び上がった。

「宇宙キック!」 

 特殊合金の門は破れなかったが、それを支えていた留め金は外れたので二人の見張りは門ごと5メートルほどぶっ飛ばされてその下敷きになり気絶した。
「俺は書類を取りに行くだけなんだから邪魔をするんじゃねぇ」
 門が破られたのを知るや革命団の人間が大勢やってくる。
 さすがに全員ぶんの銃はないのだろう。手にしているのはバットや鉄パイプだ。
「強行突破とは身の程知らずめ。宇宙最強だかなんだかしらんがこの人数を相手に」

「宇宙パンチ!」

 まだ喋っている途中なのに宇宙番長は問答無用で殴り倒す。
 早く書類を作って警察に何とかして貰いたいので、時間が惜しい。
 お役所仕事なので5時までに書類を作らないと明日に持ち越しである。
 それは面倒なので宇宙番長は急いでいるのだった。
 そのまま悠々と玄関から入り、2階にある総務課に行ってごそごそと机の中を探す。
 めぼしい書類が見つからないので「あれは別の課だったか」とまた住民課に行きいろいろ探しているうちに
「いたぞっ!あそこだっ!」

「宇宙キック!」

 という事をしながら荒らし回り印鑑を回収し
「えーと封筒封筒」
 と引き出しを開けながら忍び寄ってきた男を

「いい感じカウンター!」

 と殴り倒した。
 男達が吹っ飛ぶたびに書類の棚が横転したり机がひっくり返ったり積んであった書類が散らばったりするのだが、宇宙番長には関係がなかった。
 まず書類を作って警察に。
 自分がかなりの数の相手を倒していることを薄々感じながらも宇宙番長はいろんな物を集めた。
 だいたい言われた物を集めながら宇宙番長は思いだした。
「決裁は俺がやるから俺の印鑑もか」
 ということで市長室に向かった。

 市長室まで何人かの妨害があったが面倒なのでミラクル怪光線で吹っ飛ばした。
あまり穴を開けると怒られるので出力は極力絞ったがやはり穴は開いた。
 倒れている男達を引きずってきて穴の当たりに放置し、あとでこいつらがやったことにしよう。
 と思いながら、市長室のドアを開ける。
「やはり来たな。宇宙番長」
 男は拳銃を向けた。その銃口は宇宙番長ではなく男の足下でうずくまっている人間に向けられていた。
 縛り上げられた守衛たちだった。
「俺の顔に見覚えがあるだろう」
 サングラスとタオルを取ったその顔は。
「武田。脱獄してきたのか」
「あれは俺の弟だ。出来の悪い奴でな、昔から俺の足を引っ張ってばかりだった」
 どこか剣呑とした雰囲気を漂わせ、宇宙番長を見据える。
「貴様には別に恨みはないが「あのお方」の計画には邪魔なんでな。大人しくしていて貰おうか」
 宇宙番長は思った。
 今どき「あのお方」なんて呼び方する奴、初めて見た。
 どうでもいいことだけど妙に気になる。
 なるほど、今度から市役所の奴らには市長じゃなくて「あのお方」と呼ばせると貫禄が出るかも、とこの緊迫した状況で思う。
「おかしな真似をするとこいつらは死ぬ」
「なるほど、人質というわけだな」
「殺しはしないがしばらくは病院に入って貰うことになる」
 と武田が説明している間にすたすたと宇宙番長は戸棚へ向かって歩く。
 おもむろにがばっと開けて「確か決済用のでかい奴は」と呟きながら棚の中をあちこち探す。
 そうだ、あれは確か机の中だった。
「おい、動くなと言ってるだろう」
「そんなことより、二段目の引き出しにあるでかい印鑑取ってくれよ」
「そうやって油断させようとしても駄目だ。目を離した隙に俺を倒そうという気だろう」
「俺は急いでるんだ」
  時計はもう4時30分を過ぎている。
「早くしろ」
「何を急いでいるのか知らないが、大人しく両手をあげて壁に手を付け」
「二度は言わないぞ。引き出しを開けて印鑑をとれ」
「命令しているのは俺だ!」
「俺は市長だっ」
 と訳のわからん応酬を続けているうちに時間はどんどん過ぎていくので宇宙番長はますますイライラする。
「あとは俺の印鑑持っていくだけだというのに何故邪魔をする」
「ふざけやがって。後悔させてやる」
 宇宙番長とにらみ合ったまま、武田(兄)男は引き金を引いた。
 乾いた音とともに血しぶきがあがる…………と思ったが、放たれた銃弾は床には当たって跳弾し、ドアノブに当たって跳ね返ったあとガラス窓を突き破って空へと舞い上がりそのまま姿を消した。
 外した、と思ったら人質がいない。
 宇宙番長と男が言い争っている間に転がって逃げたのである。
 人質を撃つチャンスはもう無かった。
 まさか、俺の気を引いていたのは人質を逃がすチャンスを作るためかっ!
 それは深読みというもので宇宙番長は印鑑さえ取ってもらえれば人質などどうでもよかったのだが、こいつがいると印鑑がとれないので宇宙番長はこの男を殴ることにした。

「宇宙パンチ!」

 吹っ飛ばされた武田(兄)は弟と同じ角度で吹っ飛ばされたので、前回同様向かいのマンションに住む39歳の主婦、前川美佐子宅に突入、たまたま休みだった旦那の清志がたまたま振り回していた5番アイアンでたまたま殴打され、激しくよろめきながらベランダから転落。管理人の買っているベス(ドーベルマン3歳)の新しい犬小屋を破壊した跡、ベス本人から噛みつき引っ掻き等の報復を受けて全治4ヶ月+銃刀法違反の必殺コンビネーションで弟同様もれなく逮捕された。
 ここに悪の組織、憂国革命団練馬支部は滅んだのである。

 その後つつがなく書類を作って自分で決裁したが、事件は既に解決していた。

 かくして悪の組織を葬りつつ、練馬の防備を強化した宇宙番長。
自分で言ってさっさと解決すればよかったのではないかと思うのだが気にしてはいけない。
 悪の組織はまだたくさんあるのだ。
 練馬の象徴守るため
 行け!宇宙番長!戦え!宇宙番長!