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第2話「宇宙番長投票戦」

「練馬市長は公平な投票で!」
「宇宙番長の辞任を要求する~!」

練馬市役所営門前には黒山とでも言うべき人の群れがひしめいていた。
手製のプラカードを携えてなにやら叫んでいるのは、聞いての通り宇宙番長の練馬市役所就任を反対する民衆である。
前練馬市長を叩きのめした新練馬市長となった宇宙番長。
それが全世界に公表されたことにより、民衆は宇宙の支配者が変わったことを知った。
このデモはそれに対する回答と言うことなのだろう。
「なんだあれは」
中央庁舎3階にある練馬市長室からその光景を見ていた宇宙番長は不服そうな呟きを漏らす。
「見ての通り、新市長に対するデモみたいですね」
市長室にいた若い男がすかさず返答した。
「何故俺が抗議を受けねばならん」
「前の市長が人気高かったからですよ。在職12年、クリーンそのものでしたし。若い人とかには得体の知れない人間が新しく市長になるよりは昔の人の方が良かった、みたいな風潮があるみたいで」
それは紛れもない事実で、前市長が汚職や財界との黒い噂どころか一つの醜聞もなく12年間も在職していたのはある意味で驚異的だった。権力も何もかも行使する気になれば出来るはずであったのに、敢えてそれをしなかったのが何故かはいまも謎である。
そして何も告げず全てを宇宙番長に託して去っていった練馬市長の行方を知る者は誰もいない。
「練馬市長が決闘制なのは法整備される遙か以前からの決まり事だろう。投票などという軟弱な方法で決定されてたまるか」
「決闘で市長が決まるなんて事はナンセンスだ、というのが有るんじゃないですか」
宇宙番長は「そんなものか」と思いつつもある疑問点にぶつかる。
「ところでお前誰だ」
「週刊毎夜の武田ですが」
「誰が取材していいと言った」
「え?許可いるんですか?」
「成る程。新しい戦法か。記者に化けて市長室に潜入するとはな」
「いや、ホントに記者なんですってば」
「俺の目はごまかせんぞ。フ、これでデモも合点がいく。デモに市役所の目を釘付けにしておいて俺を暗殺、か。なかなか手の込んだ方法だ」
「違う違う、そんなこと企んでないって」
「ならばその黒幕とやらに見せつけねばなるまい。俺の力を」
藻掻く武田を抱え込んだ宇宙番長は市長室の窓を開け、デモ隊へ向かって怒鳴った。
「聞け、愚民ども!貴様らは操られている!」
宇宙番長はなにやら叫んでいる武田を放り投げた。

「人間剛速球投げっ!」

距離にして15メートル、叩きつけられた武田は全治3週間に及ぶ重傷になるものと思われたが、デモ隊の人間を4、5人なぎ倒して軟着陸したお陰で比較的無傷だった。
たまらなかったのはデモ隊の方で、重量60キロに及ぶ人間を投擲されたのだから大混乱必至であり、特に理由もなく憧れの子が居るということでデモに参加した宮間 健も特攻してきた武田に巻き込まれた一人だった。
決して悪気も下心もなかったのだが武田になぎ倒された拍子に隣にいた市川貴子と偶然唇を重ねてしまい、不可抗力と言うことで別段咎め立てもなかったが、これがきっかけで10年後二人は無事に人生をゴールインすることになるのだ。
ありがとう宇宙番長。
ということで、市長室の窓に足をかけながら宇宙番長が叫んでいる。
「お前らを陽動に使って俺を暗殺しようとしたのがそいつだ。事の本質を見失うな!」
という宇宙番長の叫びで一時トランス状態だった中途半端なモヒカン頭の青年、佐藤信一は我に返り、そして武田を見て言った。
「俺、こいつ見たことがあるよ」
本当はない。
トランス状態継続中では、と突っ込んではいけない。寝起きの人間の判断力はいい加減さにおいてアメーバ並みである。
「そういやデモやろうとか言い出したのこんな奴じゃなかったっけ」
別の男もあやふやな記憶を頼りにあらぬ事を口走る。
「確かに…………」
本当は誰がデモをやろうといいだしたのかよく判っていなかったのだが、あやふやな記憶が多数の人間によって固定化され、事実とすり替わるのは良くあることである。
人前で鼻血を出しただけなのに「スケベなことを考えた」などと言われた人間が、様々な憶測と噂によっていつの間にか「あいつはむっつりスケベ」となってしまうことによく似ているが、あれは本当に迷惑なので是非やめて欲しい。

ということで武田はデモの首謀者を装っていたと言うことになり、やや凶悪な雰囲気の漂う善良な市民に取り囲まれることとなった。
以下暴行シーン、割愛。
デモが収まって満足した宇宙番長は窓を閉めて仕事に取りかかった。

しかし翌日もデモは止まなかった。
むしろ増えている。
いろんな人種の人間がいろんな国の言葉で叫んでいると、言いたいことはよく判るのだが無性にイライラしてくるので、宇宙番長は自ら出向いて一人残らずなぎ倒そうと考えたが慌てて取り押さえられた。
当たり前だ。
実力はあるが奴には頭がない、と言うことになったため、とりあえず書類の山を押しつけて宇宙番長を市長室から出られないようにしつつ、古参の練馬市役所職員たちは知恵を絞った。
そして導き出されたのが「希望通り投票しよう」と言うことであった。
投票さえ行われれば民衆はある程度満足するのであろうし、もし宇宙番長が落選したとしても、もう少しまともな人間が入ってくる可能性があるのでそれはそれでいい かも、というのが理由である。
実力に関しては何ら異存はないのだが、事務能力絶無という有様ではこれから先の苦労は目に見えている。
しかもそれが予測だけでないところが涙を誘う。
市役所はかつて無いほどに協力しあってこっそりと書類を作り、且つそれを決裁書類に紛れ込ませてとりあえず決裁してしまおう、という作戦を採った。

当の宇宙番長もちゃんと書類を読んでいないので、それが自らを窮地に追い込むかも知れないと言うのに判を押してしまう。
こうして練馬市長選挙は行われることになるのだった。
「俺はそんな書類に判を押した憶えはない」
とは言っても押したのは間違いなく、仕事をさぼらないように設置してある監視カメラにもその光景が映っているので否定できない。
こうして宇宙の支配者を決めるというのに普通の選挙と同じような方法が採られたために投票者は5万人足らず、とという前代未聞の事態を引き起こした。
当然、国際的な批判も相次いだのだが、「市長選挙においてはその投票権利者は市内の人間に限る」という日本の法律を巧く踏襲して逃れた。人生、やったもん勝ちである。
とはいえ伝統の「決闘制」も内包したその場しのぎの物でしかないのだが、要は宇宙番長の進退をこの投票によって決定すると言うことであった。
トップに立つ人間がいい加減だと、こういう無駄な作戦とか仕組みとか法律とかを徹夜で考えなければならないので、中間管理職は辛い。さらには掛けた労力ほど報われないのも惨いところだ。
しかし、そうした影の努力もあり、事態は劇的にしかし静かに確実に進行していた。
運命の日は1週間後。
その日、練馬とこの宇宙の運命、ついでに宇宙番長の進退が決定するのである。

その一週間に何があったかというと、市長交代による様々な雑務に費やされていただけで、何かそれらしいことをやったかというと何もしてないのが実状である。
本来ならばこんな事をしていてはいけないのだが、実務をほったらかしにして支持率を上げようとするとイメージダウンに繋がりかねないということが判るだけの頭は持っていたので、ひたすら実務に励みつつ、とにかく日だけが過ぎていった。
起きる、朝食を取る、出勤、缶詰、残業、疲労困憊、帰宅、就寝、翌日朝といったぐあいの生活なので何か出来るかというと無理。如何に宇宙番長といえども時間だけはどうにもならぬ。
まさか、市役所の人間は俺を合法的に放り出そうと画策しているのか。
いやしかし、部下を信用しないといい上司にはなれないし。
という葛藤もあったのだが、そんな気のゆるみと同時にスパイ(本物)が市役所に侵入したりするのでストレス発散を兼ねて殴り倒していたりしているともう夜。
世論的には全くもって支持率が上がらないのだが、侵入させたスパイがことごとく返り討ちあるいは入院といった事態を各国首脳が重く見ていたのもまた確かだった。
かくなる上は宇宙番長を暗殺。
ということも考えて投票三日前ぐらいから然るべき人員を多数送り込んだりもしたのだが、全員入院した。
その結果として練馬市役所指定病院である池沢総合病院はそれこそ溢れかえるほどの人間を収容することになったのだが、ほとんどが極秘工作員ということで保険を利かせるわけにもいかず実費扱いになり、経済的に彼らにとどめを刺した。さようなら、ボブ、スティーブ、ジェイコブ(以下147名)。
そして各国が手も足も出ずに迎えた投票当日。
事件は起こった。

「中東からに練馬へ向けてミサイルが発射されたとの通報がありました!」
その一報は朝9時の市役所へ唐突に届いた。
「なんだと!?」
「奴ら宇宙番長ごと練馬を吹っ飛ばす気か」
あらゆる妨害手段を封じられた某国が、練馬もろとも市役所を吹き飛ばそうと一線を越えたのである。
宇宙最強の男が頂点にいるとはいえ、働いているのはただの人間、ごく普通の市民である。
ミサイルという現実的な驚異の大きさは、圧倒的な恐怖感以外では表現しようがなかった。
「逃げろ!」
「必要な書類だけ持って、待避!」
「何処へ逃げるって言うんだ!」
練馬市役所始まって以来の未曾有の混乱。
しかし所内が大パニックに陥る中、ただ一人冷静な人間が居た。
宇宙番長である。
「慌てるな。この程度危機でも何でもない」
「ミサイルですよ?人間相手にどつきあうのとは訳が違う」
臨時補佐として宇宙番長付きとなった沢田が顔を思いっきり引きつらせている。
「志のない兵器などにこの俺が負けるものか」
受話器を取ってダイヤルを押す。
「状況は掴んでいるな?ミサイルについての概要を教えろ」
慌てるなと言いつつもやや強張っていた宇宙番長だが、受話器の向こうから受けた報告でその表情が和らぐ。
「弾頭は核じゃなく、通常弾頭なんだな。御苦労だった」
そして受話器を置く。
「こんな時に誰と電話してるんだっ」
「良かったな。飛んでくるミサイルは核弾頭じゃないらしい」
補佐という立場も忘れて沢田が吠える。
「何でそんなことが判るんだ」
「練馬市長を表から裏から支える企業、お前も知っているだろう? あらゆる勢力から中立、あらゆる利害を超越した組織。宇宙征服基金がこの世に知らぬ事など無いのさ」
「そんなことが判ったってどうしようもないじゃないか」
「言ったはずだ。この宇宙番長は志のない兵器などには屈しないとな」
釈然としない顔の沢田を置き去りにして宇宙番長は執務室を出た。

「良いデモンストレーションだ。世界よ刮目して見るがいい。この宇宙番長の力を」
屋上で仁王立ちになった宇宙番長は迫り来る大陸間弾道弾を待ち受ける。
大陸を飛び越えてくるミサイルというからには相当速いに違いない。
よく見ていないと文字通り見落とす羽目になる。
というちょっと間違った考え方をしていた宇宙番長は目を凝らして青空を見つめていた。
さてあれだけ見得を切った宇宙番長だが、どうやって撃墜するか考えていなかった。
成層圏近くを飛行してくるミサイルは、ミラクル怪光線で撃墜しようともその位置に届く頃には威力が半減し、十分な効果が上げられない可能性がある。
何より高々度での撃墜は破片が燃え尽きなかった場合に無数の破片が地上に降り注ぐ可能性があり、危険が大きかった。
地上での撃墜も然り。
ならば受け止めるしかあるまい。
両手を挙げてミサイルを待ちかまえる。
ミサイルを素手で受け止める男。
これだ。これなら俺の力を全世界にアピールできる。
一人悦に入りながらその来るべき瞬間を待ち受ける。
空をかすめる一条の閃光。
来た。
狙いは練馬市役所市長室を正確に目指している。
その姿は小さな点から肉眼で確認できるほどになるまで、ほんの1秒もかからない。
自慢の脚力を活かして宇宙番長は飛び上がる。
そしてミサイルをキャッチ!

するものと思われたが、空中で宇宙番長とすれ違ったミサイルは目標点を数メートル外れて中庭に突き刺さった。
爆発も起きない。
弾頭部分がひしゃげて3分の1ほどめり込んでいるだけだ。
全世界が刮目する中、再び屋上に着地した宇宙番長は何事もなかったように胸を張って叫ぶ。

「必殺、宇宙ミサイル返し!」

解説しよう。
宇宙ミサイル返しとは。
奇跡のパワーによってミサイルの弾頭部分のみを破壊し、無効化する驚異の必殺技である。ミサイルは質量兵器ではないので弾頭が無効化されればただのガラクタに過ぎない。無論、音速を超える質量が地表に激突するわけだから全く被害がないわけではないが、その爆発力こそ威力の源である以上、質量兵器としての効果は低い。つまり、あらゆる弾頭に有効なこの必殺技の前には、如何なるミサイルと言えどもその価値を失う。

のであればよいのだが、実際は偶然狙いが逸れて不発に終わっただけ。
宇宙番長の強運のなせる技と言えば技。
とんでもない暴投でも、魔球と言い張れば魔球になるようなものである。
実際の所、宇宙番長自身はミサイルを取り損ねたので激しく動揺していたのだが、取り敢えずそんな風に宣告されてしまうと何故か納得するものである。
そして一部始終が望遠カメラで撮影されていたため、そのシーンは全世帯に放映されていた。
謎の男宇宙番長は、一躍して練馬のヒーローになったのだった。
他国からの攻撃を退けた、無敵のヒーローとして。

さて、ここから述べることはあまり多くない。
練馬を救った英雄を市長として認めない人間は居なかった。それが例え、人格と行動に少々の問題があったとしても。
当初の予想を大幅に覆して宇宙番長の支持率は増大し、投票でも無事に市長の座を射止めたのだった。
ここに第99代練馬市長、宇宙番長が誕生したのである。

ささやかながらの祝いの席から抜けだし、宇宙番長は執務室にいた。
明かりが点けられていないが、満月のお陰で比較的部屋の中は明るい。
窓から練馬の街を見つめる宇宙番長。
無数の明かり、そして人々の生活。
そこにはそれぞれの人生があり、ドラマがあるのだ。
と言うナレーションを一人で思い浮かべながら窓辺でサイダーを飲む。
そこへ音もなく入ってきた男一人。
全身に包帯を巻いたその男は、先日練馬市長室に侵入してきた武田だった。
「記者に化けて社会的にお前を抹殺しようと思っていたのに、こうも巧くいかないとは」
宇宙番長は振り向く。
「それでどうする」
「最初からこうすれば良かったのさ。宇宙番長………………死んでもらおう」
ニセ新聞記者武田の手に握られた自動拳銃が鈍く光る。
銃口は宇宙番長の胸を狙っていた。
「そんなちゃちな豆鉄砲でこの宇宙番長が倒せるとでも?」
「どんな化け物だろうと人間には違いないからな」
引き金に掛かった指に力がこもる。「これでさよなら、だ」
だが宇宙番長は素早かった。
弾丸が発射されるより速く手刀で拳銃をたたき落とし、武田が驚く暇もなく必殺の宇宙パンチをぶち込んだ。
以下は宇宙番長の台詞である。

「宇宙パンチ!」

ということで市役所から吹き飛ばされた武田は向かいのマンションに住む39歳の主婦、前川美佐子宅の窓ガラスをぶち破って台所に侵入し、フライパン(卵焼き付き)で3度ほど殴打されたあとムエタイ仕込みのハイキックで蹴り飛ばされベランダから転落。管理人の買っているベス(ドーベルマン3歳)の犬小屋を破壊した跡、ベス本人から直々の報復を受けて全治3ヶ月+銃刀法違反の必殺コンビネーションでもれなく逮捕された。
ここに悪は滅びたのである。

なお、このあと前川美佐子は「お手柄!ムエタイ主婦!」の見出しによって大いに有名になり、3ヶ月後全日本女子キックボクシングチャンピオンに返り咲くがそれはまた別の物語である。

様々なドラマを生みつつ今日を戦い抜いた宇宙番長。
だが苦難の道は始まったばかりだ。
夢の支持率100%を目指し
行け!宇宙番長!戦え!宇宙番長!