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花火奇譚

 それはある夏の夜のことだった。
 アパート周辺で派手な花火をしてはいけないといわれたので、俺と彼女は仕方なく軒先で線香花火をすることになった。
 線香花火では面白くないかな、とは思ったが意外にも彼女は乗り気だった。
 
「線香花火って儚いって言うけど私はそうは思わないのよね。
 あの玉になっている所って火薬が煮えたぎってるわけじゃない?
 それって儚いと言うよりも『小さくてもギラリと光る国・日本』って感じよね」
 消えていく火を見つめながら彼女はしみじみと呟く。
「そうそう。花火って言えばネズミ花火を海に投げ込むと面白いのよね。
 渦巻き作りながら、水中で爆発するの。
 しゅごごごごご、ぱーんって感じで。
 袋に入っているやつ全部に火をつけて投げ込んだら面白かったわ。
 魚捕まえられたし。
 夏と言えばやっぱりネズミ花火よね。今度海行ったらやろうね」
 線香花火が燃え尽き、あたりはつかの間の闇に閉ざされた。
 ネズミ花火がなくて悪かった、と伝えると彼女は首を振った。
「あれは海でやらないと意味がないもの」
 バケツの中に燃えがらを入れながら彼女は続ける。
「そういえば昔、軽井沢で花火の撃ち合いをしたことがあるわ」
 彼女のきらきら光る瞳は過去の情景へと飛んだ。
 それはまるで、戦場に思いを馳せる戦乙女のようだった。
「相手は道路にロケット花火を並べて次々と撃ち込んできたの。
 知ってる? チャッカマンを使うとすごい速さで連射できるのよ。
 強敵だったわ。
 ロケット花火の恐怖は威力よりもあの音ね。
 間近で大きな音がすると人は恐怖に駆られるわ。
 危うく戦意喪失しそうになったもの。
 でもこっちには秘密兵器があったの。
 それがあの花火……ドラゴン36連発だったわ。
 まばゆい光とともに炎が尾を引き、次々と敵を飲み込んでいく様はあなたにも見せたかったわ。
 あ、もちろん勝ったわよ。ペンションは出禁になっちゃったけど」
 
 自慢げに言う彼女の顔は輝いている。
 だが彼女は知らない。
 ドラゴン36連発よりもさらに凄い威力を持った、ナイアガラ48連発があることを。
 しかし彼女にそれを伝えるべきではない。
 俺は沈黙を守った。
 この世には使ってはいけない力という物が存在するのだから。