shadow Line

<混迷の影>ー灯火

「セラフ? あのサイコ野郎が来たのか?」
「もう滅んだけれどね」
  ガードレスはそっけなく言う。
  風のセラフ。迷いの風のセラフなんて通り名が付いていたこともある。前の世代では上位4人につけられていた4元素の名を継ぐ後継者だった。今じゃ12ディアボロスで最も危険な男といわれている。
 微弱な次元切断能力を有し、それを利用した真空波を攻撃に用いるという危ない奴だ。見えない刃による攻撃と言うのも怖いが、誰彼見境無く襲ってくる人格破綻者だというほうが問題だ。狙ってくる基準が全く判らない。
  普段は奴自身の領地である『スーサイド・ヒル』から出てくることはほとんど無い。『自殺の丘』などというと物騒だが、以前は「ブロンズヒル」と呼ばれた鋳造工場のあった場所だ。セラフが完全に正気を失い、住人のほとんどが虐殺された後であそこに近づくのは自殺しに行くようなものだから、そう呼ばれるようになった。
  それでも何故か、セラフに殺されない人間が数人いるので、無人ではない。奴らはもっぱらセラフの世話をしているようだが、何処でどういう繋がりがあるのか確かめた奴はいない。近づくだけでセラフに切り刻まれて、肉片でも残っていればいい方だ。
  まともに相手をしても手に負えないので、昔は発信器を付けて近づいたらそこから退避しよう、なんて案も出たぐらいだが、死んだとあればしばらく平和になりそうだ。
  よかったよかった。
  と思ったところで俺の中に引っ掛かっていた疑問とセラフの名がリンクする。
  そういえば、風の噂で奴が誰かに仕えていると聞いた気がする。どんな利害が一致したのかは分からないが、確かヤバイ奴だったはずだ。
  誰だ? 
  思い出せ。
「あいつだ」
  通り名は「スターター」で通っているあの男。思い出した。
  大物で火なら、最初にあいつを持ってくるべきだった。
「何がだい?」
「第三の男の心当たりだ。リチャード・李。通称「スターター」ってよばれている、そっちの世界じゃ結構な大物だ。どういう経緯かは知らないが、セラフが仕えていたって話を思い出した」
「発火能力者?」
「違う。意味的には似ているが、あいつは魂に火をつける。ちょっと前だと『リベルトーチャー』なんていう暗号名が付いていたことがある。付与能力の一種だが、何にでも付与できる厄介なやつだ」
  もっとも、大物であるということと知名度は一致しない。むしろ知名度の高さは自分の動きを制限するだけだ。賢い奴ほど表には出ない。
「何を付与するというんだい?」
  だからガードレスが知らないというのもごく当たり前のことだ。
「リチャードは、『スターター』は有機物にも無機物にも魂と意志を付与する。冷たい石の塊にだって魂の火をつけられる………使い方によっちゃ、原発に意志を持たせて自殺するように仕向けるとかも出来るんだ。厄介としかいいようがないだろう。食欲をもったクローゼットにヘリオポリスの議員が喰い殺されたのは割とよく知られている事件だな」
「じゃあ、それが死体だったとしても?」
「ああ。死体は唯の有機物の塊だからな。魂の火は灯せる。奴はもっぱらそういう使い方をするし、実際に奴の護衛の何人かは幾度も死んで生き返らされた「能力強化者」だ。管理局の能力者ランキングでは殆ど無視されるような奴らだが、実際はAクラス並みと見て間違いないな」
  能力者は瀕死の状態から蘇生するたびにその力が増す、らしい。
  死に駆けでなく本当に死んで生き返ったのなら、その倍率はもっと増えるのだろう。何せ神の子と呼ばれた奴は死んで生き返ったあと神に等しい存在になったのだから。
  だが、だ。バートがリチャードのことを知っているはずがない。バートの先見は完璧だ。あいつが「炎」と言えば、それはクリムゾン以外にない。
  ということは、クリムゾンも生き返ったと見るべきだろう。謎の三人目がリチャードと考えた方がピタリとくる。生皮を剥いで殺したぐらいで奴の能力には影響が出ることはない。死体が回収されていれば、今頃はもう蘇生が終わっている頃だろう。
  体力の限界だったとはいえ、丸ごと始末しておくべきだった。
「救いなのは、リチャード自身は無力に等しい弱さ、ということだね、ムッシュー」
  出し抜けにマリィがそんなことを言う。
  俺は飛び上がるほどに驚いた。
「マリィ! お前、あいつに会ったことがあるのか!?」
「もちろんだとも。興味深い素体なので、サンプルを収集しておいたよ」
  会っただけでなく直に接触かよ。
  とんでもない奴だ。
「しかし、何故に弱いのだ。その力ならば、神にも等しいと思うが?」
「与えるは易くとも、奪い去るは難し、だそうだよ」
  恐ろしい奴だ、マリィ・マギ・マクドゥーガル。リチャード・李と言えば、マリィ自身の別称「人形使い」と同じく正体不明の人物なのに。
  俺とて、奴の結界から逃れる為にやった護衛から、駄賃代わりに引き出した断片的な情報しか知らない。
「とはいえ気になるのはセラフのほうだな。こんなところに単身襲撃をかけるということは、生き返ることを織り込み済みってことなのか」
「しかし、セラフの奴は灰になったんだぞ? あれを回収して魂に火を灯したところで、再生は可能なのかい、スモーキー君?」
  ガードレスがスモーキーの口でスモーキー自身に尋ねる。
「人間の代謝能力では灰からの再生は無理だと思うから、分離・合体が可能な灰人間みたいなのに蘇るんじゃないかなぁ」
  出来の悪い腹話術ショーを見ているようだが、スモーキー自身の言葉の意味は重い。面倒なことになりそうだ。
「いくら神に等しい奴でも、元の構成部分が少ないとちゃんと蘇生しないはずだ。マリスに木っ端微塵にされたなら人格があれ以上に欠落するか、能力が失われるか、存在自体が不安定になるかって所だな。最悪なのは、それが全部プラスの方に働くってことだが…………あんまり嫌なことを予想するのはやめようぜ」
 俺は煙草に火をつけながら言った。
「悪い方に考えるとホントにそっちへ行くからな」
「あまり楽観的なのもどうかと思うけどね」
「じたばたしたって仕方ないだろ。俺は面倒が嫌いなんだ」
「で、これからどうするつもりだい?」ガードレスが訊ねる。
「襲ってくりゃ返り討ちにするし、手を出してこなければほったらかし。そもそもあいつらが此処にいるのは何も俺たちの邪魔をするためと決まったわけでもない」
「それがいい。何事も平和が一番」
 我が意を得たりとばかりにガードレスは言うが。
「平和な訳じゃないと思うぞ」
  少なくともクリムゾンは俺に殺されたわけだから、今後も狙ってくることは100%確実だ。
  でっかいケーキを焼いて仲直りパーティーでも開いたら許してはくれないだろうか。俺のツテでバニーガールを呼んだっていい。
  殺しておいて何だが、殺した人間からしつこく狙われるというのもなあ。
「ま、とりあえずはこの公園からでたほうがいいね。さっきから、何かそわそわするんだ」
  マリィが落ち着かない様子であたりを見回す。
  むぅ、サルベージされてもガードレスの能力は健在ということか。あまり感じないから勘違いしたか。死んでまで鬱陶しいヤツだ。
  それにしても、マリィにも効くのか。とても愛なんて存在しない人格だと思っていたが。
「僕も、先ほどから奇妙な感覚に支配されているようだよ。何だろうね、コレは」
「ガードレスの力じゃないのか?」
(来るじゃん!)
  頭の中で警鐘の叫びが響くと同時に、黒い砲弾が飛来した。路面に着弾すると、爆発を伴った衝撃が周囲を侵食する。
  その光さえ飲み込む黒いなにかは、触れるものすべてを無へと還元していく。
  何度かこいつと遭遇して、おぼろげながらに判ったことがある。
  こいつの力は、肉体変化に伴う物理的な槍じゃない。あの槍に見えるものは、円柱の形をした「現象」だ。
  かすり傷で済んだから良かったが、あれにつけられた傷は「切られた」のではなく『無くなっていた』
  今ならはっきりと分かる、この感情。
  恐怖だ。
  俺は広げた闇の中に身を躍らせた。スモーキーの腕を掴んで。
「うひょおおおおおおおおおおお!!! 何だい、ありゃああああああ!!!」
「舌噛むから黙ってろ。あれがランツエンレイターだ」