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<混迷の影>ークローン奇譚

「ま、それはともかく。実際問題、今の僕の力だけじゃ心もとないから、十六夜を中継してコックリさんの力を借りているんだ」
「なるほど」
  それでは仕方ないか。事実、役に立ったばかりだし。
  しかし、スモーキーの生命維持装置と化しているのもどうなんだ。
「てゆーか、もういらないから、連れ帰って良いぞ」
「そんな失敬なことゆーな」
  でも、当分は無事らしいしなぁ。
「大体、DNAの解析なんて、血液採取すりゃ後は俺なんて必要ないだろ。お前、エクトプラズム吐いてまで拘束するなよ」
「お前の因果を再構成するために、色々と媒介してるから必要なんだろーが。ごちゃごちゃ言うな、こんちくしょう」
  わあ怒った。
「それと、ムッシューの身体の型も取ってるんだよ~」
  型を取るって……なんて古典的な。クローン作りゃ一発だろうが。というか、古典的以前に俺は粘土細工じゃねぇ。
「なるほど。俺の型を取って、俺を量産するわけだ。十六夜三式発進って具合に、使い捨て人形として男色家や有閑マダムの慰み者にされてゴミのように捨てられるわけだ。なんて可哀想なんだ、俺は。ママン、酷いと思わない?」
「逆ギレだよ、ムッシュ~」
「不愉快な目に会ってるんだ。正当なキレ方だ」
「お願いだから、もう少し我慢しててよぉ。ムッシューだって、ただのクローンじゃダメな事くらい分かってるでしょ? ムッシューのDNAを解析しても、今のムッシューを作る訳じゃないんだ。ガードレス氏の希望で、肉体の構成素材を全て同一のものにするだけだよ。能力のコピーは、事実上不可能だもの。あれは遺伝子ではなく、魂に刻まれているから。キミの子供でも、能力は使ってなかったでしょ?」
  ……それもそうだ。
  俺達の能力は魂に刻まれていてDNAには刻まれていない。同じ身体になんて、何の意味もない。
  実に、クローニングという技術は雑なものなのだ。
  例えば、俺をクローニングしてもう一人作ったとする。それで俺がもう一人誕生した事になるかといえば、全くそうではない。全ての生物は先天的な情報だけで構成されているわけではなく、後天的な情報というのも個性という点で重要な要素である。
  新しい俺に宿った魂は、俺のアブソリュートとは関係ない能力を持つ。とはいえ、能力と呼べるほどに顕在化する可能性もほとんどない。ましてや、改造せずにどれほど成長できるか。
  もちろん、生身のまま成長するなんて、マリィなら造作もないことだ。未来に異常を抱える遺伝情報を修正すれば事足りる。
  これが、通常のクローニング技術だ。基本的な使い方としては、代替臓器として売り払う。技術のわりには低俗な使い方だが、科学なんてそんなものだろう。ナノマシンが普及したせいで、DNA関連の技術は見向きもされやしない。
  もう一つが、本当に完全な同一体を作る方法だ。この場合、DNAのサンプルを確保しても事足りない。全身の遺伝情報を、それこそ髪の毛一本に至るまで全て調査し、再現する。もちろん、DNAが同じだから、容姿はまったく同じものが再現できる。こちらは、前者よりも確実に同じ容姿に育つが、魂の再現はやはり不可能なのだ。まあ、同じ容姿と言うのも異論があるか。成長させるというより、現状の身体を作り上げる技術と言えるから。
  問題は二つ。
  一つは、テロメアである。コピーした段階の年齢で再現するため、寿命はまったく伸びない。一定年数が経つと、急激な老化現象が待っている。細胞の年齢は修正することが出来ないのだ。
  もう一つが、魂の不在だ。もちろん、覚醒させることは可能だが、その瞬間から別人として目覚める。
  魂の不在問題には対処法もある。
  現在の身体から記憶を有機メモリに抜き出し、それを新しい身体に移す。まあ、こんなのを望むのは物好きだと思うが、若い身体を維持したがる金持ちは少なくない。もちろん、違法行為だ。
  それに、脳の方は有機メモリの記憶でどうにか賄えるが、心臓近辺の神経網はそうはいかない。身体が覚えている、という感覚は、一から覚えなおさないといけない。あまり必要ないかも知れないが、この商売ではそれは大きい。
  もう一つ。ソウルサルベージャーに委託する方法がある。ガードレスを蘇らせるのに使うのが、この方法だ。スモーキーの能力に依存する、非常に不安定な方法で、俺なら即却下だ。問題点は、死んでないといけない事と、死の苦痛で精神が変容してる可能性のあることか。すげぇ非科学的な方法だな、これ。
  とにかく。クローン技術というのは普及したわりには利点がない。解決したのは食糧問題と、改造に頼らない安全な代替臓器くらいだ。手術は安全じゃないがな。
  それと、魂は科学じゃ解析できないって事くらいか。
  ……あれ? だったら尚更意味ないだろ、この現状。
「おい、俺の身体使って、ガードレスの能力が発現出来るのか?」
  魂の容積が俺の身体だと合わないはずだし、クローンの身体使って能力が発現出来たって聞いたことがない。
  魂は非常にデリケートなのだ。改造したって能力は消えていく。
「まあ、まったく不可能なわけじゃないよ。そのための研究がちらほらと結実し始めているんだ。お見せしようか、ムッシューの異形体を」
「いらん」俺は即答した。「そんなもの持ってきた日には即座にミンチだ」
「面白いのにぃ」
「不愉快だ」
「ムッシューの身体をベースにアブソリュートの性質を純粋に受け継いだ食べまくり能力の持ち主なのにぃ」
「余計に不愉快だ」
  食べまくり能力とは何だ。人を大食漢みたいに。
「実はもう来てるんだけどね。今の身体がそうだから……。似て非なるものではあるけど、この『アバドン』はなかなか凄い力だよ」
「ホントに喰うのかよ」
「もちろんだとも。ただ、先ほども言った通り、完全な再現というのは不可能だったんだけどね。中途半端な再現率って言うかな」
「ああ、異形だと言ってたな」
「そう。まあ、繭の中から出てこなくては見られないだろうけど、言葉で説明すると、キミのアブソリュートとは異なり、完全接近戦専用だよ」
「ふうむ。アブソリュートの能力を肉体上で展開するってことか?」
「まあ、そんな感じだよ、ムッシュー。折角なので、スペアのボディにしてみたという訳さ」
「なるほど。なら、ガードレスにその身体をやれば良かったんじゃないのか?」
「酷いぞ、十六夜。僕にも選択の自由は与えられているよ」
「何だよ、そんなに酷い化物なのかよ。終わったジャン」
  突然、意識もしてないのに言葉が出た。特長のある言葉だから、その正体はわかっているが、勝手に口を使われるのはすこぶる気分が悪い。
「ありがとうございました、コックリさん。今日も見事な仕事振りでござりまするがな~」
  ……なんだ? コックリも使って解析してたのか?
  まさか、オカルト的にも俺を解析したとか怪しい事してたんじゃあるまいな。
「じゃ、撤去作業といこう」
  マリィののんびりした声が響く。
  それとほぼ同時だった。
  ずずずずずという嫌な音と共に、膜が吸い込まれていく。
  一点。いや、二点だ。白い奔流が二手に分かれて吸い込まれている。
  赤い髪の野郎の両手がその起点のようだ。
  異形体ということだけあって、俺に似ていないこともない。赤銅色の肌と、髪が赤ということを除けば。
「それが『アバドン』か」