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[序]マジカル大決戦-1

前回までのあらすじ
ついにペドリアン女王の元にたどり着いた六人の魔法少女は、女王本人からその恐るべき計画の全容を聞かされる。
大人たちをこの世から抹消し、子供たちだけの楽園を作る。
この世界を守りたいという女王の理想。しかしそれは、それでも日常を守りたいと願う少女たちとは相容れない理想だった。
戦う運命は避けられない。
女王の居城を突き止めた少女達は最終決戦に挑む!


少女達は結界を突破し、ついにペドリアン女王の居城前までたどり着いていた。
不可視結界の向こう側は、女王の魔力によって形成された異空間になっているようだ。これほどの閉鎖空間を作り出せること自体、女王の力が途轍もないものだということを表している。
空間的には外観と遮断されているが、完全な闇というわけではなく、あたりは光源の判らぬぼんやりとした光で満たされていた。
そして彼女たちの前には何処の時代から運ばれてきたのか、古めかしい石造りの城が浮かんでいる。
入り口となっていたゲートが巨大だったのは、あの城が外に出て行くためのためと言うことは容易に想像が付いた。
「別の次元に隠してあった城をこちらに持って来ようとしているってことは、やはり女王本人が動くって事みたいだね」
「でも、何で淡路島なんだろうね、ココノちゃん。これって私達を遠ざけるための罠なんじゃないのかな」
「その可能性は僕も考えたよ、カレン。でも、やっぱりこれは陽動なんかじゃないと思う」
ハルカがおずおずと手を挙げた。
「すまん。『ようどう』って何?」
「ハルカちゃん、陽動っていうのはつまりね、女王がこっちから出てくると見せかけて別の場所から出てきたり、他の人が東京とか襲うかも知れないって事だよ」
イギリスからの留学生であるにもかかわらず、流暢な日本語で応えるアンナ。
「おおー。アンナは物知りだな」
「貴女はもう少し本でも読んだ方がいいですわよ」バーバラがため息をつく。
「……それで、ココノさんは何で陽動じゃないと思うの?」アキが小さな声で尋ねた。
「ここに、大きな魔力の流れを感じるからね。あれだけの大がかりな物を転移させたりするとなれば、十分な準備がいる。むしろ、今までが陽動だと思っておくべきだね。東京で僕たちの目を引きつけておいて、ここでゆっくりと準備を整えていたんだと思う。
それに、淡路島って言うのは世界が作られたとき最初に生まれた場所って言われているからね。そういう繋がりもあるのかも知れない」
「ココノちゃん、本当に色々知ってるんだね」
「まあ、本の受け売りだけどね」
そして城への一歩を踏み出そうとしたとき、城門が開いた。

「来てしまったのですね、ここへ」
扉の向こうから一人の老女が歩み寄ってくる。
ぼんやりとした幻像でしか見たことの無かった、彼女たちの敵。
世界の敵、倒すべき相手。ペドリアン女王。
「これが最後の警告です、子供達。私に楯突くのはおやめなさい。私はあなたたちを傷つけるつもりはありません」
「へっ。今まで散々襲ってきたくせに、そんなことが信じられるもんか」
ハルカは毒づくが、女王と目が合うと思わずたじろいだ。
その瞳からは何の感情も読みとれない。
自らを女王と名乗りながらも、その姿はまるで幽鬼のようだ。
血を思わせる暗い赤のローブは裾が切れ、灰色の髪は乱れて見た目以上に彼女を老いて見せている。頭頂に戴く王冠ですら、錆びた真鍮のようなくすんだ色をしていた。
死人が、長き時を経て蘇ったかのようだった。
「この世界は、一度滅ぶ必要があるのです。世界の浄化を邪魔してはなりません。破壊と再生にはそれほど時間は掛からない。あなたたちはほんの少しの間だけ、私を見守ってくれればいいのです」
「どうして世界を壊そうとするの!? ケロちゃんから聞いた、あなただって世界を守ろうとしていたって事を」
「偽りの平和に目を向けてはいけない。この世界を作り直さなければ、遠からず真の滅びが来る。私はこの世界を守りたい。あなたたちと同じです」
話がかみ合っていない、とカレンは思った。
自分たちの言葉は女王には届いていない。そんな風に感じる。
「汚れを全て焼き尽くした後で世界を修復する。私は支配など望んではいないのです」
「確かに、世界は汚れているかも知れない。どうにかしなければいけない、というのも本当だと思う。だけど、そのために世界を滅ぼすというのであれば、僕たちの答えはノーだ」
凛とした声でココノが返す。
女王の顔が悲嘆とも取れる表情で曇った。
「残念です」
それが合図となった。
地鳴り。いや、そうではない。
震動の源は眼前の城だ。石造りの壁にはひびが走り、塔が倒れた。
少女達は慌てて後ろへと逃げ出す。
「城が壊れ――!」
アキの言葉はそこで途切れた。窓は内側から弾け飛び、そこを起点として巨大な腕が飛び出すという、その非現実的な光景に絶句する。
女王の居城が崩れていく。城壁を押しのけ、得体の知れぬ鉱物で構成された屈強な人体像が姿を現す。
人の姿を模してはいるが、各所には不気味な宝石が蠢き光り、顔に当たる部分も半分は球状の発光体によって形成されている。それは浮き出た血管のようにも見え、少女達の嫌悪を掻き立てた。
「この『ネフィリムの巨人』は七日で世界の全てを浄化します。あなたたちにこれを止めることは出来ない。近づけば……死ぬものと思いなさい」
女王が『ネフィリムの巨人』と呼ぶ石像が、瓦礫となった城を蹴り散らしながら動き出す。
「結局、こうなるんだよなっ!」
ハルカの左手に炎が灯る。
先手必勝とばかりに放たれた火球は女王を撃ち抜くが、その像はぼんやりと薄れて消えただけだった。
「最初から――――いなかった?」
「ま、姿を現すとは思ってなかったけど」 肩をすくめるココノ。
「ちょっと。様子が変ですわよ」僅かに歩みを遅くした巨人を見てバーバラが訝しむ。
「みんな逃げて!」
アンナの叫びに、考える間も無くその場を飛び退く5人。彼女の持つ知覚の固有魔法は、危機に対して特に敏感に反応する。それが判っているからこその、回避行動だった。
巨人の四肢の至る所から、でたらめに光線が放たれる。
閉鎖空間の闇を切り裂くように、光が縦横無尽に走り抜けていく。
「ビーム撃ってきた…」 カレンの視線の先には、光条の熱量によって赤熱した地面が闇の中に浮かび上がっている。
「女王に会いたければ、まずあれを倒せ、と言う事かしら?」
「そんな生易しい相手には見えないけどね、バーバラ。世界を破壊するっていうのも、あながち誇張した表現じゃなさそうだし」ココノが真剣な顔で分析する。
「みんな大丈夫?」
「ああ。アンナのお陰だよ。ちょっと遅れてたら巻き込まれてたと思う」ハルカは笑みを返したが、自分でもその表情がこわばっていることは自覚していた。
「あ、あんなの勝てないよ……」
アキが震えながら巨人を見つめる。
「でも、何とかしないと」
カレンが巨人を睨みながら言った。杖を握る手は、白くなるほどに力がこもっていた。

巨人が再びゆっくりと歩き出した。
その行き先は、紛れもなく外の世界への出口だ。
「まずいですわ。あのデカブツ、外に行こうとしていますわよ」
「幸いにして動きはそんなに速くない。みんなで同じ所を狙って、片足でもいいから破壊しよう」
ココノの提案に、皆が頷いた。それぞれが呪文を詠唱し、内なる魔力を破壊の力へと還元する。
「せーのっ!」カレンの叫びが号令になった。
光の弾丸が、エネルギーの矢が、風の剣が、火球が、巨人のくるぶしに集中する。
浄化の魔力をこめた攻撃魔法の数々が炸裂し、目映い光と共に爆発を起こす。
「やったか?」とハルカ。
「だめ……みたい」アンナが首を振る。「効いてないって事じゃないみたいだけど……ほら、あれ見て」
アンナの指さした先では、大きくえぐれた石像のアキレス腱がみるみるうちにふさがっていた。
「治って……る?」カレンが呆然と呟いた。
「自己修復能力ですわね。見た目は石像だけど、生き物に近いのかもしれませんわ」
石像が足を止め、こちらへと向き直る。
体表に散らばる半透明の発光体が、光を増す。
再び光条が闇を薙いだ。
「うおっ あぶねえ」
「どうします? あれに近づくだけでも一苦労ですわよ」
「ぶっ壊すのはちょっと大変そうだぜ。まだ外に出てないからいいけど、馬鹿みたいに撃ちまくりやがって」
腕にくすぶる魔法の炎を消しながらハルカが言った。6人のうちでは攻撃の要とも言える彼女の魔法でさえ、破壊するには至らない。この事実が、神像がいかに厄介な相手かを如実に物語っていた。
さらにはあの巨大な神像を倒したとしても、まだ女王本体が残されている。
「どうみても僕たちを消耗させる気だね。女王にしてみれば、僕たちさえ倒してしまえば後でもう一度作り直せばいいんだから」ココノが腕組みしたまま答える。
「みんな、大丈夫か」
戦闘に巻き込まれぬよう離れていた妖精達が少女達の周りに戻ってきていた。
「いまのところ、怪我人はいないぜ、リチャード」いかめしい顔のライオンに向けてハルカが言う。
「それはよかった。しかし、あれほどのものを隠し持っていたとはな……もう少し早く気づいていさえすれば」
「そりゃ、無理っちゅうもんや。相手はかつての『緋色の導師』やで? 簡単に見つかるような細工をするはずが無いわ」
脚の生えたオタマジャクシ、カレンの随伴妖精のケロが返した。
「準備は万端、だからこその誘いってワケね……」と呟いたのはバーバラに寄り添う兎のバーニー。
「どうしたらいいかな?」
カレンの問いに、妖精たちは顔をつきあわせて考えた。
わずかな間。
念話によるやりとりで決断が出たようだ。
「この機を逃すわけにはいかない。互いの力の全てを出し切ろう」とリチャードが言った。
「我々が封印のための空間を作る。君たちは力を合わせてそこへ女王を閉じ込めてほしい」アキのパートナー、獏のハクタクは重々しい口調で言葉を繋ぐ。
「封印魔法には時間がかかるから、あたしたちは動けない」バーニーは申し訳なさそうに俯いた。
いつも軽口を叩く彼女がそのような態度をするということは、思っている以上に深刻な決断だということを示している。
「だから女王とはみんなだけで戦ってもらうことになる」ケロが続けた。
「お前らは成長した。俺たちのサポートなしでも十分にやれるはずだワン」犬の妖精フルドは確信に満ちた口調で締めくくる。
「語尾にワンをつけるのは緊張感が削がれるからやめろ、犬。丸かじりにするぞ」虎の妖精ミハエルが歯を剥き出しにして唸った。
とはいえ、このやりとりが緊張をほぐすためであるのに彼女たちは気付いている。
少女たちは頷き、ひとまず妖精たちから離れた。

神像の全身が輝き、魔力による光が再びあたりをなぎ払う。灼熱の火線が地に赤々と楔を刻んだ。
あの発光体は攻撃のための術式を組み込んだ一種の砲台のような物らしい。都市破壊に特化されているのだろうが、あれを地上に降ろすわけにはいかない。
「あんまり時間がない。さっさと決めよう」
ココノが提案した。こういう場において話をまとめるのは、大抵彼女の役目だ。
「よし、どうする?」ハルカが一同を見回す。
「ハルカちゃんの魔法にみんなで便乗して吹っ飛ばすのはどうかな」攻撃魔法に特化したハルカを推すアンナ。
「あのでかいのがそんな簡単に壊せますかしら」と、バーバラ。「それに女王の姿が見えないのに、全員の魔力を使うべきではないように思いますけれど」
「落とし穴とかどうだ?」
「悪くないけど、今から掘るんじゃ罠にはならないね。巨人と女王は別々に担当しよう」
「じゃあ巨人は私がやるわ」
手を挙げたカレンに、ココノは首を振った。
「カレンの魔法は確かに強力だけど、巨人像を相手にするのはアンナの言うとおりハルカのほうが向いていると思う」
「でも……」カレンは不満げだ。
「女王の力は強大だ。それなら一番魔力の大きい人が対抗した方がいい」
「確かにあのでかいのはあたし向きの相手だな。つまり、あいつをブッ壊して、その隙にカレンが女王を封印するってことだな」ハルカが拳を突き合わせて言った。
「そういうこと。僕たちはそのサポートだね。本当は六人全員で戦えればいいけど時間がない。もたもたしていると、閉鎖空間から外に出られてしまう」
「隙を突くなら出来るだけ速く飛ばないとだめだね」
「そうだね。それは僕の仕事かな。加速を強化すれば、女王が大魔法を駆使する前に戦える距離に近づけると思う」
「いいえ、私が一緒に飛びますわ。飛行魔法なら私の方が優れていますし」
終始カレンをライバル視してきたバーバラが、轡を並べるような発言をするのは初めてだった。
ココノは耳を疑い、カレンは飛び上がらんほどの笑顔でバーバラに抱きつく。
「ありがとう、バーバラちゃん!」
「べっ別にっ! あなたの魔力はできるだけ使わずにいた方が勝率は高いからそうするだけでっ」
バーバラは赤面しながら抱きつくカレンを引きはがした。
「うん、わかってる」
カレンはニコニコと笑ったままだ。
「ぬぐぐぐ」
見透かされたようでそれがバーバラには面白くない。
放っておくといつまでも続きそうなので、ココノが間に入った。
「はいはい、痴話喧嘩はその辺でね。じゃカレンとバーバラはペアで、僕はそのサポート。巨人像はハルカが担当で、アキとアンナでサポートに回る。これでいいかな」
「まかせろ」ハルカは勢いよく答え。
「はい」寄り添うようにアンナが頷く。
「……うん」そして話し合いの最中に一言も言葉を発しなかったアキが、最後に小さな声で答えた。
役割を確認した一同は、互いの成功を祈りつつ散開した。

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